編 集:中井輪(なかい・りん)
撮 影:方野公寛(かたの・まさひろ)
学校公演からアウトリーチへ
黒沢:昔から学校公演というのはありましたよね。例えばオーケストラが学校に行って演奏会をするというのはあって、今日でも学校行事の一環のような形で行われています。今日はそれと似ているようで異なる「アウトリーチ」についてお話しいただこうと思います。アウトリーチという言葉を使い始めたのは90年代の後半ぐらいですよね。
児玉:98年からです。それまでにも使われていたと思うのですが日本では全く広まらず、地域創造[1]が使い始めて一気に広がりました。
黒沢:新しい言葉を使い始めるということは、新しい言葉が必要になったのではないかと思います。何がそれまでと違ってきたのでしょうか。
児玉:いわゆる学校公演と言われてるものに対して、演奏家や学校に派遣する事務所の人たちからどうも納得できないという声があったんです。ギャラの安い仕事というふうにしか捉えられていないところがあって、ちょっとまずいんじゃないかと思っていました。一方で、ショートレジデンシーと言われるアメリカの派遣事業で1週間ぐらい地域にアーティストが滞在するプログラムがあることを知ったんです。それは教育的なものというよりはむしろコミュニティとどう付き合うかが大きな要素としてあるもので、パーティーに出てみたりワークショップやったり、もちろん学校にも行くというものだったんですね。カザルスホール[2]にいた頃からそういうようなことはできないかと考えていました。
黒沢:なるほど。
児玉:それで地方の何ヶ所かのホールに声をかけて、アメリカからアーティストを呼んで演奏会をやってもらいたいんだけどその前に2日あげるから何かやってほしいとお願いしたんです。2日あげるから、学校でも美術館でもいいしアーティストを連れていってくれと。それに乗ってくれた会館が2ヶ所ぐらいあったので、アメリカからカルテットを呼びました。
[1] 一般財団法人 地域創造のこと。
[2] 東京都千代田区に存在した音楽ホールのこと。2010年3月に閉鎖し、現在は学校施設として利用されている。
黒沢:カルテットを呼んで何をしましたか。
児玉:音(楽)の聞き方を細かく説明するといったようなことをかなりやりました。その結果がおもしろかったので日本人のアーティストにもできないかと思っていたのですが、そのタイミングと地域創造が新しい事業を始めるタイミングがうまく合ったんですね。地域創造から相談があって、地方の若手アーティストが活躍できる事業と、アーティストが役に立つのだとコミュニティにわかってもらえる事業をくっつけて何かできないかと話をもらったんです。それでたまたまアウトリーチが通ってよしやるぞってことになった。それが98年。
黒沢:なるほど。時代がちょっと変わり始めた時期ですよね。美術館にとってもそうでした。ただ作品を置いて見ていればいいだけじゃなくなって、地域の人もアーティストも人として直接関わりながら美術や芸術を経験したり、探索したり、生み出したり。そんなふうに美術館やホールが自覚的に変わっていかなきゃいけないタイミングで、手探りででも新しい展開を考えようとしたことが、アウトリーチに繋がっていったということですね。
児玉:はい。それでアウトリーチを続けていると、だんだんコミュニティもアーティストや芸術の力を求めているとわかってきて、もっと積極的にやろうということになったんです。それ以来、アウトリーチという言葉が定着していきました。ですが、アメリカではアウトリーチという言葉はもう使っていないんですよ。たぶんアート側からの一方的な「アウト」っていう意味合いが強いからだと思います。
黒沢:でも確かにそうですよね。アウトというのは劇場や美術館から見てアウトということなのであって、そこにいる人たちにとってはアウトではない。
児玉:アメリカではヒエラルキーや貧富の格差が大きいですよね。そもそも英語を喋れない人がゴロゴロいる社会です。それで「施し」みたいな意味合いのある言葉をあまり使いたくないんだろうと思います。だから今のアメリカではコミュニティ・エンゲージメントと言っているようです。“engagement”は日本では「婚約」という意味ですが、アメリカでは「特別な関係をもつ」という意味が非常に強い。つまり、どのようにコミュニティと特別な関係を作るかということですね。コミュニティとアートが対等な関係でお互い良い面を出し合うというふうになってきているようです。ただ、今の日本はまだそこまで進歩していないんですよ。残念ながら日本はエデュケーションと混同して始めてしまったものだから分けにくいのではないかと思います。
アウトリーチの肝
黒沢:今日の講座のなかで、アーティストは「極める」あるいは「発見する」一方で、「広める」や「伝える」ことも大事という形でお話されてましたよね。でも発見がないと広められませんから、最初はまず発見がないといけないはずですよね。
児玉:そうですね。ですが普及事業は既にある価値を広めるものですので、発見がなくてもやれてしまうんです。それがいい加減になってしまう理由だと思うんですよ。ただ広めるだけなら既に持ってるものを広めればいいということになりますから。
黒沢:アウトリーチもただやっているだけだとそうなってしまうのかもしれません。それは美術でも一緒です。例えば近代美術講座なんかで常識や知識を教えているだけだと、新しいビジョンを見つけ出そうとしてきた生々しい努力が伝わっていかない。そうすると本当に廃れちゃうんじゃないかなと思う。だからこそ、美術館では「発見する」プロセスに一般の人をいかに巻き込むかを考えていました。
児玉:ところが、アーティスティックなことも追求しつつアウトリーチ的な事業もやっていくのは体力がないとできませんね。地域創造の音楽活性化事業としては、ホールに最低4回のアウトリーチとコンサートの開催を課しているのですが、これをみんな辛がっているところがあるような気がします。無理なくできるような仕組みを考えないと、というのはあります。
黒沢:講座のなかでは、アウトリーチのプログラムであっても、あるいは、だからこそアーティストとして最も聴かせたいものを大事にしてほしいとお話しされていました。普通に考えれば、プロフェッショナルなら観客が求めるものを大事にすべきという意見もあると思うのですが。
児玉:でもそれはプロフェッショナルではなくエキスパートだと思います。エキスパートとプロフェッショナルの違いはミッション性の有無でしょう。”professional”の語源は”profess”です。”pro”は「事前に」という意味で、”fess”は「言う」ってことなんです。だから、事前に自分が受け取ったものを社会に責任をもって言うということですね。キリスト教的に言えば、神様に示されたことを伝えるということ。それが本当のプロフェッショナルだというふうに考えると、やっぱり極めると広めるの両方をやってほしいと思う。極めるだけでも不十分、広めるだけでも不十分なんです。
黒沢:講座の中ではアウトリーチにおける三つの大事なこともご紹介いただきました。そうしたアートリーチの肝について認識をもって活動してゆくことで、大きく可能性が広がりそうですね。
アウトリーチの可能性
児玉:それから、アウトリーチはアーティスト自身が成長するきっかけになるでしょうね。アウトリーチ先の観客は自分を聴きに来てくれる人じゃないわけですから。例えば子供は平気でそっぽを向きますよ。ある意味で厳しい客がそこにいるというふうに考えれば、演奏家にとってもプラスになると思います。
黒沢:そうですね。それから、今日の講座でもアウトリーチは失敗が許されるとお話しされていましたね。チケット代を取ってないから失敗してもいい、という言い方をすると乱暴ですけど(笑)、実験ができる場なんだというのはすごくいいと思うんですよね。
児玉:上向きの意志は常に持ってほしいから実験はやってほしい。失敗したらもう使わないよ、みたいなことは無いと演奏家に言っておきたいと思っています。
黒沢:新しいコミュニティに出向くと、アーティストにとっては観客も全て新しくて、観客の側にしてみても新しい人が来てくれたということになる。そこでどんなふうに面白い空間・環境を一緒に作っていけるかが重要ですよね。そう考えてみると、90年代の後半から実験的に始まったアウトリーチが、新たにコミュニティを回復する有効な考え方なんじゃないかとも思えてきます。
児玉:芸術は社会にとって具体的に役に立つ存在だとは思われていないと思う。でも、芸術の存在は人間にとってプラスだから残ってきているわけじゃないですか。だから、たとえばズタズタになったコミュニティをなんとか回復させたいときに、アートができることはあると思う。アウトリーチはコミュニティとの関係をつくっていくものです。だから震災やパンデミックのような大きな事件があったときにはそれが活きてくると思います。
黒沢:アウトリーチが作り出す関係やネットワークがあらかじめあれば、ということですよね。例えば金沢なんかは比較的活動が盛んなので、そういう見えないインフラやネットワークを強くしていくことは可能でしょう。そしてネットワークを作ってきた経験のあるアーティストが増えてくれば、今度はその人たちがどこか違う場所で何かできるかもしれない。アーツカウンシル金沢としてのアウトリーチの講座は今年で2回目で、まだそんなに回数も多くないかもしれませんが、今まで言葉にしてこなかったことや、なんのためにやってるのかがあらためて見えてきた気がします。
令和6年度 「音楽アウトリーチ講座」より
アウトリーチアーティストの育成を目的に、アーツカウンシル金沢の事業としてスタートし2年目となる「音楽アウトリーチ講座」。受講生は金沢市を中心に活動するプロの音楽のアーティスト(ジャンル:クラシック)で、今後アウトリーチ活動を意欲的に継続したいアンサンブル団体(2名〜5名)として応募いただいた方々です。ここでは全4日間にわたって行われたプログラムとその様子をご紹介します。このプログラムを修了したアーティストのメンバーによる、実際のアウトリーチ活動の実践が年度内にあらためて市内の小学校で行われます。
1日目:セミナー(6月5日水曜日)
午前:座学として、いわゆる公演(コンサート)とは異なる「アウトリーチ」の意味と考え方、そのエッセンスについて考え、学びました。講師は(一財)地域創造プロデューサーの児玉真氏。
新型コロナとアウトリーチ/音楽という芸術や音楽家の役割/コミュニケーションの重要さ/アウトリーチとは何をする機会なのか/アウトリーチの歴史/アウトリーチではどんなことをやるのだろう・・・など。
午後:小学校(この回は金沢市立田上小学校)に移動して模擬アウトリーチを見学。今回の演奏は地域創造公共ホール音楽活性化事業の登録アーティストでこの活動のキャリアの厚いトロンボーン奏者の加藤直明さんとピアニストの城綾乃さん。楽器の秘密を聞いたりしながらの45分間のプログラムでした。
終了後は同じ音楽室に残り、講師・演奏者・受講者による対話がスタートします。
当日のアクションについての説明、質疑、気づきや感想に加え、加藤直明さん、城綾乃さんのこれまでの経験や考えてこられた工夫、アイデアなども紹介され、様々に意見交換しました。
2日目:プログラム作成(6月6日木曜日)
午前:座学の二日目です。「アウトリーチプログラムを作るヒント」をテーマに、公共ホールだけでなく、動物園が行う生々しさやリアリティを大切にしたプログラムの話なども登場し、その後アウトリーチを作るためのワークシートを見ながら課題を整理してゆきます。
午後:各グループがあらかじめ考案してきたプログラム案を発表、講師による講評に加えて、お互いに感想やブラッシュアップのための意見を出し合います。この日は参加団体メンバーだけでなく、聴講生の参加もあり、活発な意見が飛び交いました。
3日目:ランスルー(6月24日月曜日)
午前&午後: 前回、皆さんから出た感想や意見を加味しながらブラッシュアップしてきたプログラム案を実際に演奏してみました。
「楽器をキャラクターに例えて説明する」とわかりやすくなるのではないか、とか、基本的にはピアノの連弾演奏のプログラムだが最初、登場するときだけ「一人が鍵盤ハーモニカを吹きながら後ろから入ってくる」演出はどうか、とか、途中、生演奏による「ラジオ体操を組み込んでノリノリに」などのアイデアをお互いに試してみます。そして翌日にはいよいよ本番です。
4日目:モデル実施(6月25日火曜日)
金沢市立朝霧台小学校にて、プログラムの試演を行いました。
午前:2時限目〜4時限目までかけて、5年生の3クラスそれぞれにアウトリーチを行いました。昨日までにブラッシュアップしてきたプログラムを順番に、本番で試してみます。
身体に4mのホースを巻きつけながら音を出してホルンの原理を解説してみたり、物語の映像を自作してそれを見ながら演奏を聴けるようにしたり…、ラジオ体操も大いに盛り上がりました。
午後:学校から戻り、振り返り会を行います。子どもたちの反応のことや上手く行ったこと、さらに工夫できそうなことなどを再確認して4日間の講座は無事終了となりました。
参加された皆さんには、半年後、実際にアウトリーチを実践していただく予定となっています。たっぷりと時間をかけて、本番のプログラムをイメージいただけるものと思います。