「バックステージオンファイヤ」
-あらすじ-
とある地方都市の市民ホールにて開催される市民文化祭。市役職員の新井は、このイベントの進行責任者に任命された。入念にリハーサルを重ね、準備万全で迎えた当日だったが、開会挨拶をするはずの市長が、時間になってもこないトラブルが発生…
慌ててプログラムを変更する新井。しかし、事態はどんどん悪化していく一方。
舞台の裏側で起こる出演者の取っ組み合い、出演をゴネる大御所、マジックの小道具紛失… はたして新井は、お客様にバレることなく無事に文化祭を進行しきれるのか!?
ショー・マスト・ゴー・オン!
2022年12月、石川県こまつ芸術劇場うららにて、「ライブストリーミング演劇」というかたちでの演劇作品を配信。キャストが舞台上からSNSを更新するなど、ライブ配信の特性を生かして、視聴者を劇中の世界へと巻き込む、新しい演劇体験を試みた作品です。
本作品のために、石川・東京の演劇に携わるスタッフが集結。企画を通じて、演劇人の交流の場ができたことも、大きな成果となりました。この貴重な場をお借りして、この舞台を作り上げるに至った経緯をお話しします!
1. 始まりは「かなざわ演劇人協会」
「かなざわ演劇人協会」は、石川県で活動する演劇人をサポートするために、約20年前に創設されました。少人数の協会ですが、毎年演劇祭や自主公演などの事業を行っています。また、ここ数年はコロナ禍ということもあり、オンラインワークショップが中心で活動しています。私はこの協会の会長を約8年前から務めさせていただいています。
昨今の演劇界は、コロナ前に戻ったように見えるものの、まだ感染者がでると公演中止にせざるをえない状況は続いています。また観客もコロナ前に比べ明らかに減っています。特に地方における状況は深刻です。
そんな演劇界に新しいシステムを持ち込めないか、と考えたのが「ライブストリーミング演劇」でした。
2. ライブストリーミング演劇とは?
まず「かなざわ演劇人協会」のメンバーと共に配信専用の演劇を作る、という試みを始めました。演劇界において「ライブビューイング」というシステムが用いられることが今では主流になりましたが、今回私たちが試みたものは少し考え方が違います。
これまでの演劇における、いわゆる「ライブビューイング」配信は、劇場で行われている公演を客席に設置した複数台のカメラで撮影し、スイッチングするものでした。これは、あくまで劇場で観劇しているお客様に向けて作られている公演を撮影し、配信するものです。視聴者からすれば、本物は生でみる舞台であり、配信はチケットを買えなかった人や現地に行けない人のための救済処置的な意味合いが強かったと思います。
「バックステージオンファイア」は少し形が違います。
公演は配信のみで行われるため、客席にお客様はいません。また、キャストは視聴者に向けて芝居をするため、常にカメラを意識することになります。つまり、『生放送でドラマを配信する』かたちとなり、リアルな舞台とも、テレビドラマとも違う、新しい演劇の表現方法が見つかるのではないかと考えました。このシステムに「ライブストリーミング演劇」と名付けました。
3. なぜ「ライブストリーミング演劇」が有効なのか
もちろん、演劇の醍醐味は”生”であることは疑いようがありません。演者の息遣い、言葉のやりとり、観客との間に流れる空気。これらは演劇を楽しむ上での重要なファクターです。
しかし一方で、コロナ禍で多大なダメージを負った演劇界を、このままにしておいていいものか、とも考えます。むしろこの窮地は、新しいシステムを生み出すチャンスなのではいか。演劇という素晴らしいエンターテイメントを、さらなる境地に高めるチャレンジを行うべきだと考えました。
とはいえ、演劇は興行という側面も持っています。ビジネスとしての「ライブストリーミング演劇」を構築するために、映像配信のメリット・デメリットを整理してみました。
〈配信のメリット〉
- 劇場を借りずとも、どこでもステージになる
配信する回線があれば、喫茶店、オフィス、屋外など、大きな劇場を借りずとも、どこでも公演可能です。「バックステージオンファイア」では、市民文化祭の裏側のドラマを描いたので、楽屋、劇場のエントランス、搬入口、奈落など、劇場のあらゆる場所を使用してお芝居を行いました。
- 観客に地域格差がない
東京でも地方でも同じ環境で視聴可能で地域格差が解消されます。特に地方の演劇ファンは、高い交通費を支払わなくても同じものが観劇できるので、観劇の敷居がぐっと下がります。
- 客席数に制限がなく、チケットをほぼ無限に売れる
客席に限りがある劇場での公演とは違い、配信は視聴数に制限がありません。つまりチケットの枚数制限がないので、興行として成立させやすいのです。
- 感染症のリスクに強い
一か所に大勢の人数を集める必要がないので、感染リスクが減ります。客席の50%までなど動員の制限が設けられたとしても公演が可能です。パンデミック下でも公演中止のリスクを減らせます。人を集めないということは、警備員や誘導スタッフなどの人材コスト削減にも繋がります。
〈配信のデメリット〉
- やはり舞台は”生”
演劇は本来劇場で観劇するものです。配信で伝わるものは演劇の一部であり、役者の息遣いや匂い、空気感すべてを伝えることはできません。
- PPV(ペイパービュー)への抵抗
演劇の配信が増えたことで視聴チケットを購入し、配信を観る環境は以前に比べると浸透してきました。しかし、まだ不慣れな方も多く、演劇を配信で見ることに抵抗を感じる方も多いです。本当に浸透したと言えるまではまだ時間がかかりそうです。
公演内容や出演キャストの性質にもよりますが、「ライブストリーミング演劇」は興行として十分に有効な手段といえると思います。
4. 配信が地方の演劇興行を変える?
パンデミックで演劇界が受けたダメージはとても大きいものでした。しかし、リモートで配信を観る人が増えた、という良い側面もあります。
配信の技術が急激に発達し、居住地に関係なく最新の映像を楽しめるようになりました。また、主催者側としても、チケット収入に加えて配信での売り上げも増えるので、興行をしやすくなっている側面があります。これは、私たち地方で演劇に携わるものにとっても大きなチャンスです。
現地では多くの集客が見込めない地方の劇団でも、劇場チケット販売、配信チケット販売の両輪での収益を確保すれば、全国さらには世界の演劇ファンに公演を届けることが可能です。
5. 東京・石川のスタッフが集結!
「バックステージオンファイア」も当初、石川県のキャストのみで行う予定でした。しかし、この新しいチャレンジをより多くの人に知ってもらうために、著名な俳優をキャスティングし、規模を大きくすることで「ライブストリーミング演劇」を成立させ、地方から全国へ発信できることを伝えようと考えました。
私が仕事でお付き合いのあるネルケプランニングさんに協力をいただき、いまもっとも勢いのある、俳優の梅津瑞樹さんに主演をお願いすることができました。さらに、第一線でご活躍されている多くの役者さんにご出演の快諾をいただき、今回のキャスティングが決まりました。
ただし、東京キャストが石川で公演をするだけでは、地方からの発信という目的は果たせません。石川の演劇人も多数出演することによって本当の意味での地方からの発信になると思います。今回は30名近い石川県の役者さんにご出演いただきました。
運営スタッフに関しても、脚本を石川県の新津孝太さんにお願いしたり、カメラマン、照明なども石川のスタッフで行なっています。東京・石川のスタッフがすべてのクリエイティブにおいて協力し合い、時間の限られた中で結束し、結果、とても素敵な作品になったと思います。
地方の演劇人の多くは本業を持ちつつ、兼業で演劇活動をされている方がほとんどです。そういった環境の中、地元の劇場以外で公演を行うことは非常に難しいです。しかし、配信なら、東京、全国、世界へ自分達の表現を伝えることができます。
もしかしたら、配信のなかで全国的な知名度を上げ、プロになる人が出るかもしれません。地方の演劇人を支援し、土壌を育む意味でも、配信はとても将来性があると実感しました。
6.「バックステージオンファイア」公演当日!
そうして迎えた公演日。初めてやる取り組みなので、結果がまったく予想できませんでした。予測できないからこそ、チャレンジしたいと思えたし、ゼロから作り上げていく楽しみがありました。しかし、自信はあるものの、はたして、これは本当に面白いのだろうか…?
お金を頂いて興行を行う以上、やはりお客様に「面白い」と思っていただくことが最優先です。ゲネプロとして行ったテスト配信を見ても、まだお客様に受け入れられるのか、不安でスタッフ、キャスト全員でギリギリまで試行錯誤しました。
そして、初回公演が終了!様々な方からリアクションを頂き、またどれもとても好評だったので、そこで初めて「あ、これは面白いのかも?」と一息つくことができました。
新しいチャレンジを受け入れてもらえたのはとても嬉しかったです。
7. 演劇界の未来、可能性
私が演劇界に足を踏み入れた時代は、「劇団☆新感線」や「大人計画」などが大人気でしたが、演劇界全体としてはお客様が徐々に減少してきている頃だったと思います。舞台映像スタッフとして、様々な舞台に関わらせて頂いているなか、出会ったのが「2.5次元ミュージカル・舞台」の世界でした。
人気漫画アニメのキャラクターを、俳優が演じる「2.5次元」の世界は、客席が若いお客様で埋まり、飛ぶようにグッズが売れていました。それを目の当たりにした私は、次世代の演劇はこれではないかと考え、そこから「2.5次元」を中心に活動してきました。
近年、「2.5次元」の普及は目覚ましいものがあります。NHK紅白歌合戦にゲームが原作の「刀剣乱舞」の舞台キャストが出演したり、帝国劇場では漫画「キングダム」が上演されます。今まさに、劇場に若い人を呼ぶ役割を「2.5次元」が担ってくれているのです。
私は、その「2.5次元」の次の一手が、「ライブストリーミング演劇」にあるのではないかと考えます。演劇は劇場で体感するもの、という根本は忘れず、配信をうまく活用し、演劇の魅力を伝えることが、この先演劇界に求められているように感じます。「バックステージオンファイア」がその布石になれば幸いです。
そして、最後に、「バックステージオンファイア」を視聴して頂いたお客様、一緒に作品を作ってくれた関係者様に感謝を申し上げます。貴重な経験を共に体験していただき、ありがとうございました。
演劇界の未来が、より素晴らしいものになることを願っています。