2023年10月にオープンを迎えた金沢美術工芸大学新キャンパス。その設計者である3つの設計事務所、SALHAUS+カワグチテイ建築計画+仲建築設計スタジオのメンバーが、キャンパスデザインのポイントやプロセスを語り合った。全2回連載の後編。
○難しかった『共通工房』のプランニング
日野(SALHAUS、以下SAL):新キャンパスの目玉の1つが『共通工房』ですが、プロポーザルの時点ではその役割というか、重要性や難しさに気づいていなかったかもしれません。共通で使える工房を新しく設ける、というだけではなくて、旧校舎では各学科・専攻が持っていた工房スペースを出し合ってつくる、という条件でした。場合によっては、各学科・専攻の床面積が減ることになるので、抵抗感を持つ先生もいたのでは、と想像します。それだけに、大学の新キャンパスには共通工房を作るんだ、という強い意志を感じました。
栃澤(SAL):たしかに、各学科・専攻がバラバラに動いていては、これからの美大にふさわしくない、ということなのでしょう。でも共通工房の配置は、各専攻からの距離感が難しかったですね。なかなか両立できないいろんな要望がありました。
日野(SAL):プロポーザルの時点では共通工房を別棟に分けていましたが、最終的には4号棟の「創作の庭」を共通工房が囲んで、さらにその外側に各専攻が紐付くような、絶妙な(笑)配置となりました。結果的に、共通工房のまとまりを感じさせることが、インテリアデザインやサイン計画の目標になりましたので、面白いチャレンジになったと思います。
○キャンパスの顔としての2号館(美術館・図書館棟)
日野(SAL):2号館の美術館・図書館も、美大が学外に開かれているという意味で、重要な機能ですね。向かいの敷地でオープンした石川県立図書館は多くの人で賑わっていて、新キャンパスにまで足をのばすということもありそうです。
川口(カワグチテイ建築計画、以下KTA):学外の方にも開放されるということで、プロポーザル提案時から、キャンパスへのメインアクセスとなる道路に面して配置していましたね。
美術館と図書館がひとつの建物にあることは美大ならではの特徴ですが、学長の「文献資料と作品資料に、同じようにアクセスできる場所にしたい」という言葉にも大いに刺激され、その二つが融合するような場所を目指しました。金沢美大がコレクションする「平成の百工比照コレクション」は、現代の工芸サンプルコレクションですが、システマチックな収納箱から利用者自ら手に取って資料に触れられるという、とてもユニークなコレクションだと思います。
仲(仲建築設計スタジオ、以下NS):百工比照コレクションは、誰でも見られるという点が良いですよね。展示物でありながら、創作のために用いられる参考資料でもあることが、展示と書籍をつなぐものとして良い役割を果たしています。
宇野(NS):百工比照の中身はどんどん増えているみたいです。今後、コレクションが更新されていくことも魅力ですよね。
川口(KTA):取り扱っている書籍に関しても美術本に特化しています。美大ならではのコンテンツが多い建物なので、大学のフロントとして機能しそうです。
栃澤(SAL):設計当初は、書架と展示スペースが、階を問わずに点在しながら混ざり合うようなプランを考えていましたよね。
鄭(KTA):色々な案を考えましたが、美大キャンパスの顔として、1階は美術館的な構えの方がふさわしいのではないか、といった議論を経て、最終的には1階に百工比照や展示室の美術館機能、2階、3階に図書館機能を集約しました。中2階や吹抜けを設けたり、回遊性を高めることで、それぞれ分かれながらもいろいろな場所や活動が見えて、連続的に体験できるようになったと思います。
○3号館・5号館のファサードからつくられた豊かさ
日野(SAL):5号館は主にデザイン学科が使用する棟になっていますが、他の棟とちがって全面にテラスがある、奥行き感のあるファサードになっています。多様な外観を目指していた新キャンパスにとって、重要な要素になっていると考えられますが、これに決まった最初のきっかけは内部の機能に関係しているのですか?
仲(NS):5号館はキャンパスの中で一番南に位置しています。運動の庭という広いオープンスペースに面しているのですが、日射制御も考慮して彫りの深い表情が連続する見え方を考えました。アートプロムナード側に対しては教室が配置されていて、生徒の様子も見えてきます。
鄭(KTA):5号館は運動の庭側(南側)とアートプロムナード側(北側)で内外共に対比的に作られていますね。北側はテラスが少なく、ガラスのフラットなファサードになっていて、同じ棟でも外観デザインが他の事務所に分担されていたことの面白さが感じられます。その両方に面している「ナレッジスペース」の豊かさに繋がっているように思います。
宇野(NS):ナレッジスペースのように2階レベルでの回遊動線の中で、パッと明るい場所が出てくるのは印象的かも知れません。お隣の3号棟は主に講義室が集まった棟になっていますが、敷地のレベル差を生かして階段教室型の大きな講義室を作っています。アートプロムナードと繋がっているので、一般の方でも入りやすい空間になっていると思います。
川口(KTA):講演会などの市民向けイベントに大講義室は使えそうですよね。2号館(美術館・図書館棟)で展示を行ったアーティストが講演会を行うなど、他の棟との連携も起きそうです。
宇野(NS):学生ラウンジはアートプロムナードから運動の庭に抜ける唯一の屋内空間として、見通しの良さを大切にしながら、学生が集まりやすい空間になるように心がけました。
日野(SAL):屋外の庭との関係の中で建物のファサードや機能が決定され、建築が庭と庭を繋いでいくことで、結果的に空間の奥行き感というか、多重性が生まれている、ということですね。内部の機能から先に決定したとしたら、なかなか生まれなかった豊かさかもしれません。
○居場所と彫刻作品に満ちたランドスケープの魅力
日野(SAL):運動の庭は運動だけでなく、居場所になるデザインが点在している点が良いですよね。キャンパス内の一番大きな屋外空間ですし、人々が公園のように過ごせる場所になると思います。
川口(KTA):今後の使われ方が楽しみですよね。そのような多様な屋外の場所に対して、アートプロムナード側から建物を見た時に、建物が壁にならないような抜け感は各棟で意識しています。結果的に多様な抜け感が生まれていると思います。
日野(SAL):各棟間の隙間も、庭とアートプロムナードをつなぐ小道として、スケール感の良い抜け道のような場所になっているように思います。
仲(NS):アートプロムナードを歩いていると、体育館のガラス越しに空がよく見えますが、目線レベルでは芝の斜面が見えます。抜け感はあるが、ランドスケープで緩く蓋がされているようで、アートプロムナードが密度のある空間になっています。
宇野(NS):庭には彫刻が屋外に設置されて、歩いていて変化に富んだ屋外空間になったように思います。誰が来ても美大のキャンパスを楽しめます。
鄭(KTA):彫刻は新キャンパスで改めて整理して並べたられたので、それぞれの美術作品をしっかり堪能できる様になりましたよね。
川口(KTA):これまでのキャンパスにもありましたが、グラウンドの隅に押し込まれている物もあり、少しかわいそうだなぁと… 今回、ちゃんと作品として並べられたことで、良さが際立つようになったと思います。
鄭(KTA):設計時から「作品の背景になりうるキャンパスにする」という意識を持っていましたが、実際に作品が並べられて、上手くいっているなと思いました。今後、作品が増えていくことが楽しみです。
○これからのキャンパスに期待するもの
日野(SAL):現在、キャンパスは引っ越しの真っ最中で、どんどん家具や機器が搬入されてきています。新校舎はがらんとした大部屋も多いので、実際の使われ方が想像しにくかったのですが、いよいよ活動のイメージが沸いてきました。今、話に出ていたように、このキャンパスは「作品の背景」になることがコンセプトですが、学生達の「活動の背景」でもあります。
仲(NS):(前編で紹介した)アートコモンズも、大学の活動に触れられる空間のひとつですね。キャンパスを歩きながら、自然に目に入ってくるはずです。
川口(KTA):彫刻作品が展示の方法次第で、その良さが再発見できたように、新しいキャンパスでは学生達の活動する姿も、見え方が変わってくるのではないかと思います。
日野(SAL):今まで地域には見えてなかった大学の活動そのものが、キャンパスが新しくなることで見えてくる、ということですね。建築やランドスケープには、そんな役目があると思います。ぜひこれから、思う存分、多少汚くても構わないので、新キャンパスを使い倒して、金美のカラーに染めていってもらいたいと思います。