リレーコラム
2023.12.19

KANABIカッティング・エッジ 第9回──伝統と革新が織りなす新たな授業風景!新キャンパスで始まる教育改革|青木千絵

金沢美術工芸大学(KANABI)から最新のトピックをお届けする「KANABIカッティング・エッジ」。 第9回となる今回は金沢美術工芸大学工芸科の青木先生に寄稿いただきました。


10月から新キャンパスに移り、真新しい教室での授業がスタートしています。4月に入学した30名の1年生たちは、コンクリートを基調とし、広いテラスも併設された開放感のある教室で、日々工芸を学んでいます。約170平米の広い教室に机がずらりと並び、学生達には1人1台の作業机が制作スペースとして与えられています。ここで学生たちは、1年間を通して陶磁・金工・漆木工・染織の4コースの授業を体験し、各素材への理解を深めた後に自分に合ったコースを選択していくことになります。課題に追われながらも充実した日々を送っています。

工芸科では、新キャンパス移転に伴い、募集定員の増加や入試内容の変更、次世代を担う人材育成を意識した教育カリキュラムの見直し等を行いました。本稿ではこうした新たな門出を迎えた工芸科についてお話しします。

募集定員の増員と新たな入試内容

金沢美術工芸大学工芸科では、令和5年度入試より、学部定員を従来の20名から30名に、また、修士課程定員を9名から13名にと大幅増員しました。歴史に工芸文化を有する金沢は、世界工芸都市宣言に続き、ユネスコ創造都市にクラフト分野で世界初の認定を受けています。また、2021年には、東京国立近代美術館工芸館が「国立工芸館」として石川県金沢市に移転オープンしました。さらに、北陸三県を含めた金沢周辺には多数の工芸産地があり、それら産業の発展や技術の継承、及び、後継者育成をリードしていく人材の育成が求められています。こうした背景を受け、より多くの学生数を受け入れ、次世代を担う人材を育てていくことが金沢美術工芸大学工芸科の使命であると捉え、新キャンパスの移転に伴い、募集定員の増員を決定しました。

また、推薦入試では以前は現役生のみを対象としていましたが、令和5年度からは学校長の推薦があれば卒業生の出願も可能にしました。これは学びの多様化が進む現代において、工芸に高い意識を持つ人材をより広く受け入れるための取り組みです。さらに、一般選抜試験では実技試験Ⅱの面接を廃止し、新たに「立体表現」を加えました。これは工芸科の作品制作において立体感覚が重要であるとの判断からです。

新たな教育カリキュラム

新キャンパスの移転に伴い、新たな教育カリキュラムの導入も行いました。工芸分野も他分野と同様、多様化や複雑化が進んでいますが、教育現場としては伝統を大切にしながらも現代のニーズに基づいた革新的な教育を行っていく必要があると捉えています。

特に近年では、デジタルスキルがさまざまな場面で必要不可欠となっています。工芸科ではこの変化に対応し、学部1年から4年の期間でコンピュータを積極的に活用した学習を体系的に行うデジタルスキームを整備しました。例えば、「コンピュータ演習II」では、デジタルファブリケーションに焦点を当て、映像や画像の編集、さらにはCADを使った製図や3Dプリンターを用いた造形などを実践的に経験することができます。学生たちにはこうした授業を通して、デジタルデータによる加工技術と、それを工芸素材に活用する手段を学び、やがては自身の制作研究の幅を広げていくことも期待しています。



3D-CADでの製図方法を学ぶ様子
 

 



デザインした器物を3Dプリンターで出力する様子
 

 

他にも、「デザイン演習I」という新たなキャリア教育科目が導入されています。この授業は、学生の将来を見据え、複雑で流動的な社会に対し柔軟に対応する力を育成することを目的とし、デザイン領域からのアプローチで基礎力を身につけることを目指しています。具体的には、クリエイションに必要な個性や創意を確立するために、思考や発想の根源を見出すスクラッチブックを作成します。興味のあるコトやモノに関する情報を自発的に収集し、それらをプレゼンテーションという形で発表します。こうした経験を通して、常にテーマを探究し、明確にしていくことの大切さに気付くとともに、それらを他者に共有していく技能を身につけていくことを期待しています。



スクラッチブックの例
 

 

 

 

このように、工芸科では従来から重視してきた「徹底した手業の追求」や「創造性」といった伝統的な教育方針を基盤にしながらも、時代のニーズに基づいた他大学にはない独自の教育改革を進めています。学生たちは新たなカリキュラムの中、まずは各種伝統技法や素材についての基礎を徹底して習得し、やがては自己を発見し、自己表現へと向かっていくことになります。

卵殻技法を学んだ学部1年生の作品

最後に、今回は新キャンパス移転を機に、募集定員の増員や入試内容の変更、教育カリキュラムの改編など、様々な改革を行いましたが、こうした取り組みは今後も継続していく必要があります。金沢美術工芸大学工芸科は、地域や市民の方々の大きな力となり得る人材を輩出するため、伝統を守りつつも革新をし続け、大学としての使命を果たし続けていきます。

Profile
金沢美術工芸大学工芸科准教授
青木千絵(あおき・ちえ)
1981年生まれ。2010年 金沢美術工芸大学 大学院 博士後期課程 美術工芸研究科 工芸研究領域 漆・木工コース修了 博士(芸術)取得。人間存在をテーマに等身大の身体と抽象形態が融合した漆作品を制作している。
1981年生まれ。2010年 金沢美術工芸大学 大学院 博士後期課程 美術工芸研究科 工芸研究領域 漆・木工コース修了 博士(芸術)取得。人間存在をテーマに等身大の身体と抽象形態が融合した漆作品を制作している。