
元車の交差点を片町側から少し超えた交番の裏側の細道。何気なく通り過ぎてしまいそうな三軒長屋が、クリエイターのシェアスペースとして今年1月から動き出した。玄関にA4サイズでひっそり掲示されているイベントカレンダーを見ると、カフェ&バー、モーニング、読書会、つみき?、ダーツ教室?、ダーニング???と多様なラインナップ。その名も「塀!長屋」(へい!ながや)は、金沢美大の卒業生・修了生を中心とした生活・制作の拠点となっている。発起人である頼安ブルノ礼市さんと、利用者・管理者である石島基輝さん、新美える結さん、多賀直さんにお話を聞いた。

始動の経緯と多様なメンバー
──立ち上がった経緯としては、数年前に頼安さんと上岡安里さんが運営していた「長町倉庫」と関係しているんですか?
頼安:直接的に関係はないんですが、段階的な実験として捉えてはいます。上岡と長町倉庫を運営するなかで、もう少し場所への関係者を増やして、開く頻度を高めたいという話になったことがきっかけです。距離が近いこともあって、イベントなどのときに長町倉庫に遊びに来てくれていた同じ町会のご近所さんがこっちにも来てくれるようになって、バーを利用してくれたりしています。


──とても近所で良い物件が見つかったんですね。
頼安:そうですね。たまたま「入居者募集」という看板がずっと貼ってあったのを見つけて電話したら、不動産屋さんもすごく近くにあってうまく話が進みました。大家さんとも何度も交渉をして、「こういうシェアスペースのようなことをやりたい」と伝えたら改修費を一部出していただいたりして。その頃から今のメンバーは、少しずつ関わってくれていましたね。


──頼安さんたちが新しいスペースを始めようとしてるというのを知っていたんでしょうか?
新美:声をかけてもらったんです。倉庫でイベントをやってたときからよく遊びに行ってて、その関係もありつつ、ちょうど私たち同じ世代で美大を卒業したり修了したりするタイミングで。仲間が欲しいから集まれる場所を作りたいよねという話をちょこちょこしていて、そのまま声をかけてもらった感じです。
石島:僕も学生の頃から上岡さんとは彫刻科の飲み会で交流があって、今はここの住人です。
頼安:定住しているのは石島くんと僕。アトリエが二つで、ペインターの深川未貴さんとエミリオさんという翻訳家の方が使っています。で、ゲストルームが一つ。ちょうど今は全部埋まっていますね。
エミリオさんは元々この近所に住んでて、長町倉庫の町内の親しいご家族からの紹介でした。今は県外に引っ越したんですが、こっちでの仕事もあるのでたまに帰ってきています。ゲストルームにはエミリオさんの紹介で来てくれる人も多くて、今もスペイン人の家族が使っています。

──多賀さんと新美さんは利用者ではないけど、どのように関わっているんですか?
新美:私たちはアトリエ利用もしてないし住んでもないですけど、肩書き的には「管理者」ですかね。物件の賃貸契約は多賀がしていて、お金の管理や取りまとめを私が担当しています。
改修にあたりどこにお金をかけるか相談したとき、水回りは絶対新しくしたいという意見が出て元は3つあったトイレのうち1つは新しくして、1つはそのまま、1つは解体してピカピカの新しいシャワーを作りました。初期の改修工事や最近のエアコン工事、イベントなどで発生するお金の管理をしています。
──ゲストルームを使う人は、どんな人ですか?
頼安:県外の友達が一泊とかも多いんですが、まとまった期間使った人で言うと、最初はイタリアの大学に通っているコロンビア人、留学生のフランス人、ドイツ人とか、金沢の美術館や作家さんのインターンのために来る場合が多いです。

──すごく国際的。言語の壁はどのようにクリアしてるんですか?
頼安:基本的には僕がコミュニケーションをとることが多いです。早く自動翻訳ツールを導入するか、英語教室をやりたいですね。全部僕を経由して、になってるから。負担に感じているわけではなくて、せっかく来てくれる人たちとメンバーでコミュニケーション取ってもらいたいですしね。
多賀:海外の人は長期で滞在する人が多いから宿泊場所の探し方が日本の人とは違う気がします。もし美術界隈の人だったらホテルに泊まるよりもこういう、いろんな人が来るところの方が楽しくて有意義だろうし。
──海外・県外から人を呼ぶときに気軽に泊まってもらえる場所があるというのは良いですよね。それだけで声をかけやすい。
コミュニティ同士の連帯を生む
──他のキタイッサカやスタジオゆなど、これまで金沢市内で展開されてきシェアスペース・オルタナティブスペースを参考にしているところもあるんですか?
頼安:「集まり」「集まり方」みたいなものは意識してますね。オルタナティブスペースというものを作ろうとしているわけではないけど、今まであったスペースと違う雰囲気にしたい気持ちはあります。現代美術すぎず工芸すぎず、何かに特化しすぎないようバランスを取るようにして。僕はデザイン出身だし、上岡さんは元々工芸で大学院は彫刻。石島くんも彫刻、深川さんは油絵、多賀くんと新美さんは工芸、で、翻訳家(笑)。
石島:界隈化しすぎると入りづらくなりますからね。他のジャンルの人と関わりたいというモチベーションは確かにみんなあると思います。
頼安:芸宿みたいに、うまいこと世代交代しながらスペースが続いているのはすごいと思います。コアメンバーが出て行ってしまうと、空中分解してしまうこともありますし。
長くやっているとどうしてもその場所のカラーはついていっちゃうけど、人が来れるきっかけが多様であればあるほど良くて、だから月ごとにカレンダーを作って出来るだけオープンにしていますね。メンバーが何かやることもあれば、遊びに来てくれた人や友達が「こういうのやってみたいんだけど」って企画を立ててくれたりすることもあって、そうするとまた新しい人が来てくれたりして。そういう広がりが面白いし、企画してくれる人が複数人いるというのは心強いですね。一人が頑張ってもなかなか続かないし、やる気がなくなったら終わる空間ではなく誰かがそれを引き継いだり共感したりして柱を何本も持っておけば、何かしら続けていける。

──それで、幅広いイベントのラインナップが叶っているわけですね。1月のオープンイベントのときは、オルタナティブスペースに関わっている人を呼んで座談会をしていましたよね。
頼安:はい、このメンバー内の繋がりと同時に、集まり同士の繋がりも作っていきたいと思っているんです。座談会の意図はそれで、それぞれのコミュニティは小さいけれど、日頃から連帯できればピンチの時でもなんとかなるかなと。そんなネットワークを作りたいなと思っています。
新美:きっかけがなくてなかなかできないですが、定期的に座談会をやっていこうという話もありました。ゴミ出しをどう分けているのかとか、共同生活をしてる人なりの悩みを共有できる状況、関係性をつくりたいですね。

生活と制作、現実的な課題とビジョン
新美:自分の仕事場と家を別にするのか一緒にするのかというのは、共通の悩みどころです。私たちもずっとその話をしてて。今、私は卯辰山工芸工房の研修生でそこをアトリエにしているけど、いざそこを出たときに家の中で制作すべきか、別で切り替えてやりたいのか、という。
多賀:僕は変えたい派。入口を変えることで制作する場所として認識できるから。家はダラダラしちゃう自分が想像できちゃいます。でもコスト的には、両方家賃支払い続けるかよりも一緒にした方が早いし、移動しなくていいし。


石島:僕も大学で助手をしていて制作場所があるので、生活と制作切り離してるパターンです。元々は制作を続けるためにどれだけ生活コストを抑えられるか、そういう考え方から入居を決めました。みんなで住むことで冷蔵庫、洗濯機とかの家具をシェアして、バーやイベントで収入を生んで生活を楽にしていってる段階で。最初は初期投資があったけど、最近その先が見え始めてきたところだよね。いろんな人が結構きてくれるし、多少お金を生み出せる感じが見えてきたから。
頼安:そうそう、ここ最近は週末のバー営業で、自分の部屋の家賃分くらいは稼げるようになってきました。当初から「そういうふうにできたらいいよね」とは話していて、週末ここでバーをすることで生活空間を手に入れて負担を減らしていく、そういうビジョンが見えてきましたね。賃貸の物件なので、生活のために家賃を払ってはいるけど、使えるスペースやできることが増えているから、払ってる金額以上の価値を得られている感じがすごくあります。

──将来的にはどのようなスペースになるか、イメージはありますか?
頼安:立ち上げのとき話してたのは、金沢に残って制作や仕事をしていく人が増えるのが理想で、そのきっかけを作れる場所、家になっていきたいという思いがあります。一度県外に出た人が、「こういう面白い場所があるなら戻ってこよう」とか、「こういう場所なら生活していけそう」とか思ってもらったり。石島が言ってた「家電をシェアする」みたいな感覚をもう少し広げて、自分の生活と制作、仕事をシェアしていけるといいかなと思います。専門がバラバラだからこそ人が集まって何か一つのことをワークをする、そういうスタイルに個人的に興味があるので、そのように発展していきたいですね。
石島:ここでの活動で家賃をそのまま払えたらいいよね。自分がやってることの積み重ね、その延長で家賃かかってなかった、みたいな。
──そういう循環が生み出せるのが特徴の一つですよね。ちゃんと自分でコトを興せる技術やノウハウがあるというのは、それだけで価値があります。バーは、他の場所に出店したりもできそうじゃないですか?
頼安:最近ちょいちょいそういうお声があって、イベントに合わせて出店してほしいと。地域の文化祭みたいなもので、バーってわけでもなければ具体的なリクエストもなくて、何を出せばいいのかわからなくて検討中です(笑)。
多賀:今はカラーがないからこそ、周りがいろんな可能性を探ってくるのでは(笑)。
頼安:確かに、ポジティブに捉えるとそうだね(笑)。カラーがないからこそ、面白がってもらえるスタンスでいたい。「一旦『長屋』に声かけてみよう」という可能性を感じてもらえる場所でありたいですね。ジャンルが様々だからこそ、アンテナもアウトプットの幅も広くあり続けられるんだと思います。

──ここを拠点に、別の場所でも「塀!長屋」に出会える機会が増えそうで、楽しみです。今日はありがとうございました。
(2025年7月取材)


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