はじめまして。金沢美術工芸大学美術科芸術学専攻の稲田羽菜です。わたしは4年間で様々なことを、金沢美大で学んできました。今回は、学生生活のなかで影響を受けたものや学んだことなどを、整理し、まとめました。社会問題や思想について友人や先生方とお話しする時間はかけがえのないものでした。わたしが関心を寄せていることには、常にアーティストのあり方への問いがありました。読んでいただけたら嬉しいです。
4年間で学んできたこと
わたしは芸術学専攻で4年間を過ごしてきました。コロナ禍での入学だったこともあり、イベントが中止になったり専攻のシステムが変わったりと、学校の転換期だったのかなと思っています。そんな中で特に興味をもって学んだことは、近現代の美術です。特にインターセクショナリティやトランスナショナリズムの方法論、ブラックアートなどの授業が印象的でした。高校までの閉鎖的で安全な学校から、開かれた社会へ出る、という感覚を得ました。先生方から作品の見方や、背景にあるものや文脈の考慮、作者の意図などを考える方法を教えていただきました。また、「複雑な問題は複雑に考えなくてはいけない」という言葉が強く心に残っています。問題を簡略化することで分かりやすくなる一方で、何かの排除にも繋がっている。そのため、複雑に考える癖をつけ、また、トレーニングをする必要性を学びました。この考え方が、わたしの4年間の学びの根幹であり、支えとなりました。
すぐそばのパレスチナ
「パレスチナ問題」に関心を寄せたのは、国立西洋美術館でのデモがきっかけです。日常と化している美術と、世界での戦争が繋がっている、ということに気づかされ、対岸の火事としてはいけないと考えるようになりました。また、わたしは1年間、アメリカのテキサス州に在住しており、多国籍な、たくさんの友達ができていました。そのため、世界との距離がずっと近くなっていました。友達はもちろん、世界のどこであっても、人は人である、ということを体感していました。「パレスチナ問題」に直面したとき、自分にできることは何があるのかと考えるようになりました。書籍やニュースなどを追いながら勉強し、また、ボランティア活動やデモにも参加してみました。日常的にはBDS運動に参加し、日々パレスチナを思って祈るようになりました。そういえばこの頃から3年ほど、マクドナルドもスターバックスも行っていません(笑)。
金沢美大では、岡真理さんをお呼びしての緊急講義の企画や美術展の開催などもしました。岡さんは美大に合うよう、普段の講義に加えて、抵抗としての美術を紹介してくださいました。市民にも公開された講義だったので、多くの人に参加いただくことができました。また、『ガザ日記』の翻訳者である中野真紀子さんと金沢大学の学生と合同での読書会などもありました。多くの人に支えられながら、学んでいくことができました。金沢は文化的なものへの造詣が深い方が多く、大学内外を問わず多くの方から良い影響を受けることができたと思っています。

卒業論文で書いたこと
この3月で金沢美術工芸大学を卒業するため、卒業論文を書きました。内容は、「パレスチナ問題」に関わる抵抗の美術を巡るものです。パレスチナで起きていることをまとめ、それに呼応する美術を絵画、彫刻、演劇、映画、現代美術、美術展などの幅広いジャンルから調査しました。また、2025年が日本での戦後80年だったこともあり、戦後に美術がどのような役割を果たしているのかを調査しました。多くの方々にご協力いただき、自分なりに今までの活動を含め、完成させることができたと思います。
パレスチナでは、停戦という形をとられながらも現在進行形で入植や侵攻、攻撃が続いています。そんな中、日本の議員がイスラエル首相のネタニヤフに表敬訪問をしたり、イスラエル製のドローンや武器を国防のためとして輸入しようという動きがあったりします。わたしたちは、わたしたちの選択により責任があるという意識を持たないといけないと思います。グローバリゼーションによる恩恵を受けている以上、自国のことだけでなく広い視野をもつことがいっそう求められています。さらに、社会に対して表現を発信する芸術家という立場の人物には、より表現の自由に対して意識的になる必要があると考えました。

『命(ぬち)どぅ宝』を追って―沖縄調査
卒業論文を書くにあたって、日本で植民地支配を経た沖縄について関心を持ちました。沖縄について全く知らない状況で、日本で生きながらパレスチナのことを書く、ということは良くないと思ったからです。そこで、1週間ほど沖縄に滞在し、戦前の琉球処分から沖縄戦、戦後のアメリカによる支配、沖縄返還までを巡る調査を行いました。ガマや美術館、平和祈念館などを経て、多くの悲惨な歴史と折り鶴を見ました。平和な世界の実現のための学びと努力は継続していかなくてはいけないと思いました。そして、沖縄は現在も基地問題を抱えています。2017年にはセンター試験の英語リスニングで試験監督の咳によって一部が再試験をすることになったというニュースがありましたが、沖縄ではオスプレイの音が響いていても再試験にはなりません。全国の国民が抱える全ての不公平が無くなるとは思いませんが、制度を含め、現状を改善しようと努力することは必要だと考えています。どのような課題があるのかを知ることは、その一歩になるのではないでしょうか。
そして、沖縄では多くの人との出会いがありました。みなさんとても親切で、あたたかく迎えてくださいました。ご飯もおいしいし、海もきれいでした。

卒業にあたって

自身が影響を受けたり、卒論で参考にさせていただいた本たち。
美術大学への進学を目指した一番の理由は、社会に出てからは出会えないような、芸術家になるような人や、クリエイティブな人と出会って友達になりたかったからです。そのため、金沢美術工芸大学に入学して、最も幸福だと思えるのは、ものづくりに熱量のある友人がたくさんできたことです。友達と美術について語り合いながら夜を明かしたり、バレーボールに夢中になったり、喫煙所で人生計画の話をしたりと楽しい思い出でいっぱいです。美大でできた個性豊かで面白い友達は、とても良い刺激になりました。彼らには感謝でいっぱいです。
また、先生方にも恵まれました。学びのきっかけを与えてくれ、企画を実行するための支えや、新たな興味を広げる楽しいお話をしてくださりました。
美大での生活の全てに納得がいくわけではありませんが、これらの出会いは今後のわたしの人生の支えとなってくれると思います。わたしも誰かの支えになれるよう、この縁を大切に頑張っていきたいです。
