2023年10月のオープンを控えた金沢美術工芸大学新キャンパス。その設計者である3つの設計事務所、SALHAUS+カワグチテイ建築計画+仲建築設計スタジオのメンバーが、キャンパスデザインのポイントやプロセスを語り合った。全2回連載の前編。
○コラボレーションが生み出す多様な風景
日野(SALHAUS、以下SAL):金沢には著名な現代建築家による名作建築が多くありますが、今回のように3つの主体がコラボレーションしてデザインされた事例は少ないかもしれません。なぜ3社協働としたのか、不思議に思われる方もいるでしょう。具体的なキャンパスの説明の前に、少しそのねらいについて話をした方が良いかもしれません。
事の発端は、設計プロポーザルに3社協働で挑戦したのが始まりでした。建物規模が非常に大きいことも理由の一つですが、なにより金沢美術工芸大学は美術大学としてとても多様な分野、多様な活動を持っていましたので、それを受け止めるために、設計側も何か枠組みを作る必要があると感じていました。
川口(カワグチテイ建築計画、以下KTA):設計プロポーザルでは、配置計画から3社がフラットにアイデア出しを行いましたね。それぞれの事務所で案を作り出し、毎週のように模型を持ち寄って話し合いを行なっていきました。
日野(SAL):誰かがあらかじめマスタープランを決めて、その下で3社が分担して設計を行った、というわけではなく、一から話し合って決めていきましたね。その過程で方向性というか、「決めごと」が定まってくるような進め方だったと思います。
仲(仲建築設計スタジオ、以下NS):自分の事務所だけでプロポーザルを行うのとは違い、しっかり準備を行って話し合いに臨むので、自分たちが何を考えているのか小刻みに振り返る良い機会になっていました。3社の案の違いを見つけていくことで、案の方向性を探っていくというやり方も、協働で案出しをする特色が出ていたように思います。
日野(SAL):おそらく3社で早い段階から「決めごと」として共有されていたのは、「庭」と呼んでいる多様な屋外空間をメインに考える、ということでしょうか。キャラクター付けがなされた様々な庭、たとえば通り抜ける道のような屋外空間や、開かれた公園のような庭、閉じた製作のための庭など、今でも計画に残っています。それらをどう上手く敷地環境に展開させるか、という前提で3社が提案を持ち寄ったことで、大学の多様さを受け入れる柔軟性を持った案になったと思います。それはプロポーザルで選んでいただいた理由でもあったと考えられます。
宇野(NS):屋外環境だけでなく校舎の外観も多様な見え方をしていて、これは設計のコラボレーションによっても生まれていると思います。各事務所が担当する棟のスケルトンを設計し、インフィルは学域ごとに分担を振り分け、さらに通りごとにファサードデザインの担当を決めました。結果、他事務所が設計した建物のインフィルやファサードをデザインすることになりましたよね。
鄭(KTA):設計の分担に関しては、プロポーザルの際に3社がどのようにコラボレーションするかを考えた結果でしたね。スケルトン、インフィル、ファサードが適度に入り混じることによって、遠くから見るとバリエーションがあるように見えるが、近づいて見ると統一感を持った見え方になっています。
川口(KTA):金沢美術工芸大学に美術科、デザイン科、工芸科と3分野の学域があったことと、我々が3社で設計していたことがマッチしたのも良かったですよね。
実際にキャンパスが完成してみると、本当に多様な風景を体験できて、驚きます。一階の外壁面を内側に少し引くことで、外に出やすい雰囲気も作れているように思います。設計時から意識していた「歩くことが楽しいキャンパス」になっているのではないでしょうか。
○まちと連続する5つの「庭」
日野(SAL):新キャンパスは大きく7つの建物で構成されていますが、それらはむしろ「庭」をどうデザインするかという発想で配置されています。そしてその手がかりの一つは、「地域と連続するキャンパス」というコンセプトだったと思います。
川口(KTA):地域との連続という意味では、アートプロムナード(*1)がとても重要な空間であるように思います。
設計初期の頃、金美祭を見学した際に、学生が仮装しながら街を練り歩きキャンパスに戻ってくるパレードを見ました。街の人たちも楽しんでパレードを見ていて、改めて街と親密に繋がっている大学だと感じました。そんな繋がりがアートプロムナードでも生きると良いなと思っています。
仲(NS):今回のキャンパスでも仮装パレードは実現してほしいですね。
宇野(NS):まちとの連続という意味では、大学側から強く求められたことが大きかったように思います。そうでなければ、ここまで開放的なキャンパスを実現することは、なかなか無いことです。
栃澤(SAL):金沢市で培われてきた建築文化があるようにも思います。「21世紀美術館」や「海みらい図書館」なども塀や柵が無く、まちと連続していますよね。
日野(SAL):地域に開かれた運動の庭など、完成してみると本当に公園のようで、従来にないキャンパスが実現できたと思います。
一方で、学生たちの製作の場となる閉じられた創作の庭(*2)も作っています。これは大学パンフレットに、「キャンパスは開かれた場所であると同時に、芸術を創造する・学ぶには、正しく閉じられた自分と向き合える環境が必要である」という学長のメッセージをきっかけとしています。
栃澤(SAL):学長からのメッセージから受けた影響は大きかったですよね。案の良し悪しを決める上での良い足がかりになりました。
アートプロムナードに関しても単純に通り抜けできるようにするのではなく、体育館で蓋をするように作ることで、広場のような空間ができていることは非常に重要だと思います。
仲(NS):オープンエンドで定義が曖昧な空間にするより、一つ一つの場所に思い入れを持って過ごせるものにすることを意識して設計をした結果ですよね。
宇野(NS):さらに大きなガラス屋根を作ることで、アートプロムナードが単純な道ではなく、広場の集合体の様にもなりました。実際、現場で過ごしてみると天候が不安定なので、大胆にガラス屋根をかけて良かったと思います。
日野(SAL):体育館側の屋根下広場は適度な囲まれ感があり、アートプロムナード中央の開放的な屋根下広場と対比的に作ることができています。構造形式も異なる二つのガラス屋根が外部空間に変化を生んでいますよね。
○回遊しながら体験する「アートコモンズ」と「共通工房」
仲(NS):このキャンパスは7棟の分棟による構成ですが、2階レベルの屋内通路で繋がって回遊性が出ているのが面白い部分だと思います。場所によって見える範囲や抜け感が変わっていて、空間の多様性を回遊しながら感じられるように思います。
日野(SAL):これまでのキャンパスも何度も訪れましたが、歩き回るとそのときに行われている創作がちょっとしたコーナーや廊下に展示され、また学生たちが製作している様子も感じられる。そんな生々しい製作現場に出会えることは、既存校舎の大きな魅力だったと思います。ぜひそれを継承していきたい。
新キャンパスに点在する「アートコモンズ」(*3)「共通工房」(*4)は展示だけでなく、美術の創造が生で見られる場所として考えました。
中でも4号館の「アートコモンズA」は動線の要に配置された最も大きなギャラリーで、今後どんな使われ方がされるのか楽しみな場所でもあります。
川口(KTA):確かにアートコモンズAは可動展示パネルや昇降吊りバトンなど、様々な活動に対応できる仕様になっていますから今後が楽しみですよね。それで言うと6号館には新校舎で新たに設けるシアターやスタジオといったメディア系の共通工房があります。シアターやスタジオには、こだわりの設備が導入されていますので、使いこなすことができれば、とても良い制作環境になると思います。
鄭(KTA):芸術の教育現場には新しい分野を受け入れる場所が必要になってきていますよね。さらに分野横断も多くなってきている。そういった意味では共通工房が果たす役割は大きいと思います。
後半につづきます。
(*1)アートプロムナード 敷地を通り抜けるキャンパスの軸線。学内の活動が垣間見える散歩道であり、二つの大きなガラス屋根をもつ広場も配置。
(*2)創作の庭 4号館に設けられた中庭。工房に囲まれ、屋外の創作活動に利用される。
(*3)アートコモンズ キャンパスに分散配置された作品展示コーナー。課題作品の展示や学生達の自主的な企画など、学内を回遊しながら美術に触れることができる。
(*4)共通工房 様々な学科や専攻に紐付かない、各分野が横断的に利用できる工房。4号館、6号館に設けられている。学生や教員達が互いに刺激しあう場として、新キャンパスの重要なコンセプトを具現化した場所。