コラム
2024.01.09

KANABIカッティング・エッジ 第10回──新キャンパスの稼働と美大の未来|山崎剛

金沢美術工芸大学(KANABI)から最新のトピックをお届けする「KANABIカッティング・エッジ」。 第10回となる今回は山崎剛学長より新しいキャンパスでの新年を迎えるにあたって、エッセイを寄稿いただきました。


私たちは昨年10月、新しいキャンパスに引っ越しました。

旧キャンパスがそうであったように、「開かれた美と創造のコミュニティ」をコンセプトとする新キャンパスにも門や壁がありません。道路を挟んだ向かい側には石川県立図書館があり、江戸時代初期につくられ今も名勝・兼六園に水を運ぶ辰巳用水が校庭の横を流れ、桜並木のある遊歩道が整備されています。

美術館・図書館棟は一般の方々の利用も可能で、ギャラリーでは所蔵する芸術作品を展示し、日本全国の工芸の材料、道具、工程見本、製品などを収集した資料(平成の百工比照)を公開しています。

校舎群の中央を貫くアートプロムナード沿いの1階には、「アートコモンズ」と称する展示室が点在し、その2階には500㎡を越える大空間が広がっています。ここも可動壁を備えるアートコモンズで、学生が作品を展示し、教員による講評が行われ、領域を越えて人々が行き交い、展示を目にします。

開くために適切に閉じ、そして開く。設計において最も留意したことです。大学での学びは、良い意味で社会から一定の距離を保ち、専門的な能力を磨く貴重な時間であり、自己と向き合い制作や研究に没頭することが大切だからです。

そのために何よりもまず、学びに集中できる施設として、各専攻等の実習室や演習室を配置し、教養や語学のための講義室などの充実を図りました。その上で各専攻等のエリアにもアートコモンズを設えました。

絵画、彫刻、工芸、デザイン、芸術学という従来の領域を越えて、学生が自由に利用できる「共通工房」も大きな特色です。こうした共通(コモン)の施設・設備の利用を通して、各領域での教育・研究の質を高めるとともに、広やかな視野をもつ自由で主体的な学びが、新しい美の創造へと繋がることを期待しています。

移転開学記念ランチタイム・コンサート(アンサンブル金沢、会場:金沢美大アートプロムナード)

本学は昭和21年、学問を好み、伝統を愛し、美の創造を通じて人類の平和に貢献することを希求する金沢市民の熱意により、本多の森の旧陸軍兵器庫(現在の石川県立歴史博物館)を改修した学舎で創立され、昭和47年に小立野5丁目へ移転し、半世紀を過ごした後、今回、同じ小立野の2丁目に移転しました。

この間、教育・研究の質の向上に取り組み、大学憲章に基づき、「芸術が社会に果たす役割を自ら探し行動する人材」を育成してきました。先人の実績を踏まえ、設置者である金沢市のもとで公立大学法人として定めた第3期中期目標(令和5~9年度)の骨子は次のとおりです。

① 未来へつなぐ芸術教育
伝統的な芸術教育を基盤として、社会課題と向き合い、デジタル技術等を柔軟に取り入れ、未来に対する責任と役割を自ら探し行動する人材を育成する。

② 特色ある芸術研究
社会的な要請を踏まえた特色ある研究を推進するとともに、学生、教職員による国際交流を拡充し、芸術分野における研究拠点の形成に取り組む。

③ 社会との連携の強化
市民、企業、行政機関、芸術団体、他大学等との連携を強化し、教育研究成果の社会還元に努めることにより、創造の機会の拡大と多様化に貢献する。

④ 新キャンパスでの飛躍
様々な領域の垣根を越えて交流する教育研究を推進し、「開かれた美の探求と創造のコミュニティ」としてのキャンパスを実現する。

移転開学記念講演会「金沢が育んだ金沢美術工芸大学」(元文化庁長官・青柳正規、元金沢市長・山出保、金沢美大学長・山崎剛、会場:金沢市文化ホール)

新キャンパス移転開学記念として、私たちが最初に開催したイベントは、小立野小学校の児童有志による「私たちの未来」展でした。

個性豊かな図画工作作品が寄せられ、そこには様々な未来が、工夫いっぱいに表現されていました。美術館・図書館棟の1階に展示した作品を見て語り合う、児童と保護者の方々の笑顔に、地域と歩む美大の未来を実感しました。

環境問題をはじめ地球規模での危機が顕在化するとともに、世界情勢が不安定化し、来るべき未来の不透明感が増している今日、「美の創造を通じて人類の平和に貢献する」という開学の理念を改めて重く受け止め、社会と連携し地域に愛される大学としての新しい歩みが始まっています。

移転開学記念美術展覧会「私たちの未来」(小立野小学校生徒有志、会場:金沢美大美術館・図書館棟1階)
Profile
金沢美術工芸大学学長
山崎剛(やまざき・つよし)
1964年兵庫県生まれ。関西学院大学大学院文学研究科美学専攻博士課程前期課程修了。大阪市立博物館学芸員、文化庁文化財調査官として主に工芸の調査研究、展覧会企画、文化財保護行政に携わった後、2003年に金沢美術工芸大学着任。芸術学専攻の准教授、教授を経て、2018年より学長、現在に至る。研究分野は日本美術史・工芸論。主な著書に『海を渡った日本漆器Ⅰ-16・17世紀』(至文堂、2001年)、『「美術」概念の再構築-「分類の時代」の終わりに』(共著、ブリュッケ、2017年)がある。
1964年兵庫県生まれ。関西学院大学大学院文学研究科美学専攻博士課程前期課程修了。大阪市立博物館学芸員、文化庁文化財調査官として主に工芸の調査研究、展覧会企画、文化財保護行政に携わった後、2003年に金沢美術工芸大学着任。芸術学専攻の准教授、教授を経て、2018年より学長、現在に至る。研究分野は日本美術史・工芸論。主な著書に『海を渡った日本漆器Ⅰ-16・17世紀』(至文堂、2001年)、『「美術」概念の再構築-「分類の時代」の終わりに』(共著、ブリュッケ、2017年)がある。