対談
2024.03.27

囃子⇄舞台演劇|技術の等価交換プロジェクトVol.1

撮影:奥祐司(OQ Works LLC)、中川暁文
協力:劇団アンゲルス
編集・企画制作・聞き手:金谷亜祐美
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撮影:奥祐司(OQ Works LLC)、中川暁文
協力:劇団アンゲルス
編集・企画制作・聞き手:金谷亜祐美

 「技術の等価交換プロジェクト」は、2024年1月に発足した表現者・文化人同士の技術交換の場です。長い文化史の中で個々に研鑽された技術を一過性のものにしないため、その貴重さに共感できる、ジャンルを超えた一個人同士がお互いの持つ技術を交換・消化し合います。
 この記事では、一人の人間として接する対話と交流から見えてくる、それぞれの分野の長所や課題を対談形式でフィードバック。個人の技術への好影響や相互の分野への理解・土壌の深化を図ります。Vol.1となる今回は、邦楽囃子方の望月太満衛氏と舞台俳優のおのでらりほ氏にご協力いただきました。


技術の等価交換体験について

──2月から3月にかけて、お二人にはそれぞれの分野を体験する時間を作ってもらいました。おのでらさんには、普段望月さんが生業にしているお囃子の、鼓(つづみ)と締太鼓のお稽古をみっちり2時間。望月さんには、おのでらさんが普段受けている俳優のお仕事を体験してもらうために、台本を読み合わせて演出家の方の指導を受けていただきました。
 まずはおのでらさん、体験してみたお囃子の率直な感想を聞かせてください。

おのでら:楽しかったです、素直に!金沢おどりなどで見たことはあったんですが、やってみるとめちゃくちゃ難しかったですね、鼓。

望月:単純に「打てば鳴る」と思われがちなんですけど、一回触ってもらうとわかりますよね。鼓は音を「作る」楽器だと思っています。音の立体感を一発一発変えていくというか、とてもデリケートだったんじゃないかと。

おのでら:当たり前ですけど、望月さんはすごく簡単そうにやるじゃないですか。手で持ったときに見えもしないところを、何センチとか何ミリずれただけで音が変わる。あと、ここの左手で持つところも。

──自分で打ってみて、音が変わったな、とか力加減間違ったな、とかわかりましたか?

おのでら:そのときはわかりますね。

望月:お、(音が)乗った、みたいなことあったでしょ。

おのでら:はい。でも、ピアノに似ていました。両手の使い方が違うところと、頭も使いました。楽しかったです、とにかく。

望月:混乱して苦手意識を持たれる方もいると思うんですけど、おのでらさんが今まで和太鼓や茶道をやっていて素養があるから、大変だと思ったことも楽しんでやれたんじゃないかと思います。

おのでら:やりたい、やってみたい分野だったので、お話をもらえてすごい嬉しかったです。でも逆に、役者として私に教えられることなんてないなという気持ちもあって。

──それで、今回は「演出家の指導を受ける」という形での役者体験になったんですよね。望月さんは演劇的なことをするのは初めてということで、どうでしたか。

望月:私としては、役者の日常を見られて新鮮極まりなかったです。自分の人生と違いすぎる笑。演奏会でたまにMCをやることもあるので、そういう意味でも今回体験したことは生かせそうですね。そもそも喋ることに慣れてないから、MCがあるとMCの方に頭を取られちゃうくらいなんです。

お互いが思う「稽古」の意義

望月:普段は、1つの公演を仕上げるためにどのくらい練習しているんですか?

おのでら:作品によって違いますが、1月に公演した『女中たち』(*1)のときはあまり時間がなくて2週間の間に作ったので、1日5,6時間近くやる日もありました。

望月:自分で考えたら6時間も練習できないです。

おのでら:集中力切れちゃいますよね。何人も出演者がいたら自分がずっと喋るわけじゃないからちょっと休憩できるんですけど笑。

望月:今回読み合わせたような一人芝居だと大変ですよね。私たちの場合、いわゆる普通の演奏会なら、曲数にもよりますが1回2、3時間で済ませて、それを本番までに何回かやる感じです。以前、創作舞台で演出を森山開次さんが担当された作品(*2)では、最後3日4日こもりっきりでやりましたけど、それは50分くらいの内容で出演者の出入りや「このタイミングで演奏」などの流れがあったので、今回の体験はその経験とちょっと似ている感じはありました。

おのでら:同じだと思うんですけど、私は演出家の方からよく、演出家さんがいる稽古場には自分の中でその役を作ってから持ってくる、それが役者の仕事だと言われます。私はあんまりできてないですけど…笑。

望月:我々も稽古場は自分がやってきたものを見せる場所で、「全然わかりません」の状態をもってくるところではないというのは言われます。そこからが稽古であって、ゴールは「できるようになる」とかそういう段階じゃない。それはスタート地点であって、お客さんに響くようにするのがゴールだから、そこから先が大変ですよね。

──先ほどもありましたが、おのでらさんの「私はできてない」とか…その、ある種の自己肯定感の低さはどこから来るんですか?笑

おのでら:実際そうなんですよ!

望月:舞台上ではどういうメンタルなんですか?「私なんかがすいません」では舞台に立てないですよね。

おのでら:そのときは「誰よりも私うまいだろ」と思いながらやってますけど、すっと客観的になると「まだまだすぎる」と…いつも思います。

望月:満足できる舞台は一生に1回か2回あればいいなと思いますよね。私も同じような感じで、なかなか全てに満足することはないですよ。やりきった直後は達成感でぼーっとして、「バッチリ!」と思うんですけど、やっぱり録音なり録画なりを見ると「もっとやれた」って…それをちゃんとフィードバックして次に生かせられればいいなと思いますけどね。

おのでら:本番期間、みたいなのがあるんですか?発表するのはその日の1回だけですか?

望月:我々は1回きりの公演の方が多いですね。

おのでら:私の場合、稽古期間は「まだまだ」と思うんですけど、本番が始まると3、4回連続でやるので「今回すごくよかった!」とか、次も「もっとよかった!」と更新されていきます。客観的に見たらもしかすると良くはなってないかもしれないけど、本番になったら「できてる!」という自己暗示をかけますね。

望月:私ももう1回やりたいなっていう本番はありますね。

おのでら:1回だとそう思いそう!

──さっきの話で、出演者全員での稽古までに演目、台本が手元にあって、自分の中である程度ここまで作り込んでからみんなと合わせようと、自分なりに完成度のあるイメージを持っていくわけじゃないですか。でも実際合わせたり演出家の人から「それはそうじゃなくてこうやって」と意見されたら、自分の中で折れなきゃいけないこともあるんじゃないですか。

望月:結局家でやっているのは机上の空論ですからね。そこはやっぱり言われた方が良くなるし、実際肌感がちょっと違うことはあって、ここはその人の面白い要素が入った方が「なるほど」となります。解釈はするけど作り込みすぎず、柔軟な方がいいと思います。

おのでら:そうですね。『女中たち』のときは、もう一人の出演者の方と二人でしっかり稽古してイメージを作って、途中で稽古に参加した演出家さんがきたときにも「どうだ、言うことないだろ!」というくらい最後まで作ってみたんですよ。でも実際演出家さんの解釈が全然違っていて、「そっちだったんだ!」ということもあって。それでも、やっぱりつけていただいた方が形になりましたね。そこらへんに悔しさとかもなくて笑。

望月:そこまで主観強くないよね。自己肯定が強くないから笑。

おのでら:『ハイル・ターイハ』(*3)のときは、後半にダメ出しがなくて泣いたこともありました。

──演出家の方にとって、完璧だったんじゃないですか?

おのでら:いや、別の出演者がすごいダメ出しを受けていたので、多分演出家がすでに私に言う気力がなかったんじゃないかと思います笑。「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」と言うじゃないですか。だから嫌いを通り越して無関心だったんじゃないか…とその時は思っちゃいました。

望月:私も先生に「ダメを言われなくなったら終わり」と言われます。私も実際に人に教えているのでわかるんですが、「怒る」ってやっぱり疲れるんですよ。疲れるなら、言わない方が楽。それに、言ってちゃんと良い反応が返って来れば「言ってよかった」ですけど、言ったのにそれをまたゼロにしてこられた場合は「えぇ!」って。こっちの影の労力とのバランスを考えても割に合わないと思って諦めちゃったり。

おのでら:私はまだ教える立場じゃないので、そうなったらまた違う考えになってお芝居も変わるのかなと思います。

プロとして、「舞台を作り上げる」ことの共通項

おのでら:1人で鼓の稽古を受けて改めて思ったんですが、あれを何人もで合わせるというのは余計難しいですよね。私にはすぐにできないことばかりだったので。

望月:合わせの時は全員の息を察知しなきゃいけない状態ですからね。

──全員の息を察知する、とは?

望月:邦楽には指揮者がいない分、周りをよく聞いていないといけない。自分のやっていることを、自分の譜面だけを考えていたら起こっていることに全然反応できなくなっちゃうので。

おのでら:みんなで一緒にやるときはその空気感を読む。そういうところは一緒だなと思いました。そこが稽古場ですよね。

望月:そこでできていきますよね。みんなで気持ちの温度が熱くなっていくこととか。

おのでら:セリフを一人で喋っていても、それは結局一人なので。キャッチボールが出来て初めて、人がいての稽古。そこでの掛け合いでセリフを覚えることもあります。

望月:演出家さんにも今回、「ただ自分で読んでるだけじゃん」と指摘されてましたよね。

──今回使用した台本が「第6稿」となってたから、だいぶ書き換えてるんだなと。そういうのも対応しなくちゃいけないわけですよね。内容が変わることもあるんですか。

おのでら:そうですね。そこで自分の思ってたのと違う解釈になることもありますが、そこは楽しめますね。「どういう意味?」となることもあって、そういうときはわかるまで説明してもらいます。

望月:演出家がいるっていいですよね。私たちはプレイヤーだけのことが多いので。作品作りにおいて指揮官がいるとかなり完成されていきそうな感じがする。

おのでら:逆に、どうやって合わせてるんですか?

望月:皆で「いい塩梅」にするというか。昔は「あそこをこうした方がいいかな」と思っても、「私もできてないしな」と言うのを諦めたりすることもありました。でも最近は「こうしたら良くなる!」と思ったら我慢できなくて、言っちゃいますけどね。 お囃子の役割として、音を膨らませるところは前に出て、落ち着かせるところは引っ込んでと、気持ちとしては曲の演出をしているんです。「囃す」ということは、メインをより良く魅せようと精一杯盛り上げてるつもりでいますが、もっとビシバシ指導してくれる人がいたら、全然音楽作りも違うだろうなと思っちゃいました。今回みたいに客観的に、「ちょっとそこで一息止めて!」とか。

──なるほど。例えば学生の演劇部などだと、演出家などの裏方がおらず役者志望しかいないこともありますよね。おのでらさんは、演出家も脚本家もいない状態を経験したことはありますか?

おのでら:そうですね、学生時代というか、私は保育園の時からの「舞台女優になりたい」という夢があって…。

望月:素敵!

おのでら:昔、テレビで一瞬宝塚のラインダンスが流れて。目立ちたがり屋だったからそれを見て「ああいうのがしたい!」と思ってたら舞台女優という言葉を覚えて。でも演劇部などには所属したことがなく文化祭に出る程度だったんですが、大学生になって、夜の街を飲み歩きながらバーのマスターに「舞台女優になりたい」と言っていたら、ちょうどそこに金沢で舞台をしている人が来て、繋げてくださったんです。それが劇団アンゲルスの方で、上演予定の舞台の読み合わせに誘ってくださって、それからですね。大学3、4年生のときです。

──じゃあ最初から劇団という組織の中だったんですね。

おのでら:はい。なので自分はそういう状況になったことはないんですが、どこか未熟な感じになっちゃうかもしれませんね。実際、役者は二の次というか、スタッフさんがいないと舞台はできないです。演出がいて、舞台監督がいて美術さんがいて。役者は演るだけ。地方演劇の人たちはみんなが一緒に全部作るんです。本番に照明をしてくれる人や音響を流してくれる人がいないとできない。役者より偉いというか、すごいなと思うのはスタッフの皆さんですね。

望月:『女中たち』のリーフレットを見ても、二人芝居だけどこんなにサポートする人がいてできているということがすごいなと思いました。心強いですよね。一人じゃない。

──今回はよりそれが際立っていましたね。俳優体験と言いつつ、演出家もいて、SEを流してくださる方もいらっしゃいました。お二人とも、今回は本当にお疲れさまでした。

望月・おのでら:ありがとうございました。


*1『女中たち』… 2024年1月に金沢市内スタジオ犀にて開催。ジャン・ジュネの戯曲をおのでらりほとひろえるかが演じた2人芝居。演出は韓国のファン・ウンギ。
*2 2021年3月、石川県立音楽堂にて開催された「芸の鼓動」内『HAGOROMO』。
*3 2023年9月、スタジオ犀にて開催された『母と娘の物語 ハイル・ターイハ』。

Profile
邦楽囃子方
望月太満衛(もちづき・たまえ)
3歳で初舞台。幼少より祖母 杵屋喜澄 (望月太以)、母 杵屋喜三以満(望月太満)の手習いを受け、長唄を人間国宝 十五代杵屋喜三郎、囃子を十二代目望月太左衛門に師事。 長唄方として杵屋喜三継の名も持つ。 2011年 東京藝術大学音楽学部邦楽科邦楽囃子専攻卒業。現在は金沢を拠点とし全国各地で古典を中心に演奏活動を行う。また異なるジャンルとのコラボレーションにも積極的に取り組む。長唄協会会員。金沢素囃子子ども塾講師。
3歳で初舞台。幼少より祖母 杵屋喜澄 (望月太以)、母 杵屋喜三以満(望月太満)の手習いを受け、長唄を人間国宝 十五代杵屋喜三郎、囃子を十二代目望月太左衛門に師事。 長唄方として杵屋喜三継の名も持つ。 2011年 東京藝術大学音楽学部邦楽科邦楽囃子専攻卒業。現在は金沢を拠点とし全国各地で古典を中心に演奏活動を行う。また異なるジャンルとのコラボレーションにも積極的に取り組む。長唄協会会員。金沢素囃子子ども塾講師。
Profile
舞台女優
おのでらりほ
1998年生まれ。岩手県出身。大学進学のため金沢へ。泉鏡花記念館館長の秋山稔先生が学長の大学へ入学。大学卒業後演劇活動を始める。2023年に劇団アンゲルスに所属。2024年4月からは、ピンクのテントで一人芝居「こびとのつかまえかた」を上演予定。
1998年生まれ。岩手県出身。大学進学のため金沢へ。泉鏡花記念館館長の秋山稔先生が学長の大学へ入学。大学卒業後演劇活動を始める。2023年に劇団アンゲルスに所属。2024年4月からは、ピンクのテントで一人芝居「こびとのつかまえかた」を上演予定。