コラム
2024.05.24

KANABIカッティング・エッジ 第13回──公平で自由な創造と交流の場としての共通工房-KANABI-Studio|金保洋

絵画エリア「石膏デッサン室」大小様々な石膏が並び、自由にデッサンが出来る。
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絵画エリア「石膏デッサン室」大小様々な石膏が並び、自由にデッサンが出来る。

金沢美術工芸大学(KANABI)から最新のトピックをお届けする「KANABIカッティング・エッジ」。第13回となる今回は技術専門員・金保洋さんより、共通工房 / KANABI-Studioを通じた学生と技術専門員の交流に関するエッセイを寄稿いただきました。


 2023年10月、金沢美術工芸大学は約50年ぶりにキャンパス移転をいたしました。移転から早くも半年が経ち、4月には新キャンパスではじめてとなる新入生を迎え入れることができました。新キャンパスは“開かれた美の探究と創造のコミュニティ”を基本コンセプトにしています。今回のコラムでは、新キャンパスのコンセプトを象徴する新しい設備の一つとして「共通工房 / KANABI-Studio」についてご紹介します。
 
 「共通工房」は、学生が公平かつ自由に制作できる創造と交流の場として、新キャンパスの中庭に位置する「創作の庭」を囲むように設置されました。専門性に応じて「工芸エリア」「彫刻・デザインエリア」「絵画エリア」「メディアエリア」の4つのエリアに区分され、用途に応じた様々な種類の工房が計67室あります。

 共通工房の特徴は、まず何よりも専攻の枠に囚われない自由な創作の場であるということです。金沢美術工芸大学は、日本画、油画、彫刻、芸術学、ホリスティックデザイン、インダストリアルデザイン、工芸の計7つの専攻によって構成されており、学生は入学試験の段階で専攻を選択しています。そのため、例えば油画専攻の学生がデザイン科の管理する木工機械を使いたいと思っても自由に使うことはできませんでした。しかし新キャンパスに設置される「共通工房・木材機械加工室」(写真1)では、各専攻が保有していた機械を共通工房に集約することで、学生の所属に関わらず様々な木工機械を自由に利用することができるようになったのです。

(写真1)彫刻デザインエリア「木材機械加工室」の様子。大型のパネルソーやバンドソー、かんな盤からプレス機、CNCまで多様な機械が揃っている。

 ここでもう少し各エリアについて確認しておくと、私が所属する「工芸エリア」では、陶磁、漆、染織、鋳金、彫鍛金の5つの工房が設置され、それぞれの素材の特性に応じた専門的な作業を行うことができます(写真2)。「彫刻デザインエリア」では、石材、金属、木材、プラスチック、石膏などの素材の加工や造形に必要な機材や道具が備わるほか、デジタル加工の機材として3Dプリンターやレーザーカッター、木材を3次元加工できるCNCなどが設置されています(写真3)。「絵画エリア」では、フレスコ画や版画などの制作をはじめ、支持体研究を目的とした制作など、絵画に関する専門性の高い作業を行うことができます(写真4)。「メディアエリア」は、キャンパス移転で最も充実した分野といえるかもしれません。コンピュータールームや出力センター、映像・アニメーションスタジオ、大中小の撮影スタジオ、シアターなどが設置されており、様々なデジタルコンテンツの作成が可能です(写真5)。また見逃されがちな権利上の問題も学ぶことが可能で、例えばシアターでは、自主企画で映画を上映する際に権利上必要な手続きや費用なども実践を通して学ぶことができます(写真6)。

(写真2)工芸エリア「鋳物場」で金属を溶かして型に流し込み造形する「鋳造」の様子。工芸エリアでは素材ごとに専門性の高い制作を行うことが出来る。
(写真3)彫刻デザインエリア「デジタル加工室」で3Dプリンターで造形物を出力する様子。近年発展が著しいデジタル加工は美大の現場でも積極的に取り入れられている。
(写真4)絵画エリア「版画室」でシルクスクリーン印刷を行う様子。銅版画や木版画、リトグラフなど様々な種類の版画を行うことが出来る。
(写真5)メディアエリア「映像スタジオ」で映像作品を制作する様子。メディアエリアには大型の写真スタジオや録音設備、ビッグプリンターなどを備え様々なデジタルコンテンツに対応している。
(写真6)メディアエリア「シアター」。映像作品の上映や、自主企画として上映会を行うことが出来る。映画監督を招いての上映会などのイベントも実際に行われている。

 近年、美術表現の幅は拡張し続けており時に専攻の枠にとどまらないこともあります。領域を横断する現代の表現に見合った制作を支えるためにも、専攻の枠を超えた交流の場としての共通工房という制作環境が一層重要となるのです。

 もう一つの大きな特徴は、技術専門員という各工房の専門性に応じた高度な専門知識を持った人員が総勢15名配置されていることです。いくら学生が専攻に関係なく利用できるとはいえ、その機材の使い方が分からなければ意味がありませんし、安全面の問題もあります。共通工房では技術専門員のサポートを受けながら利用することができるため、学生の技術面と安全面のケアが図られています。総勢15名という充実した人員配置は、他大学における共通工房と比較しても極めて優れた点であると言えます。

一方で共通工房が活用されるには、何よりも利用者である学生自身に知ってもらい、かつ意欲的に利用してもらう必要があります。そこで周知活動の一環として技術専門員による「共通工房スタジオツアー」を実施した他、SNSなどの活用も始めています(写真7)。また(この原稿が掲載されるであろう)5月末からは、新キャンパスでは初となる「基礎科目集中履修」の授業が行われます。領域を横断した学びを得ることを目的としたこの授業は、他専攻の授業を3週間で集中的に履修する科目です。今までは他の専攻の授業を体験して終わりというケースも多かったですが、共通工房が整備されたことによって今後の自分自身の制作に活用していくことが可能となり、学生の意欲を刺激する授業となっていくことが期待されます。

(写真7)スタジオツアーに際して説明を行う技術専門員たち。

 共通工房は専攻の枠を横断する自由で主体的な学びのプラットフォームとして実現されます。私たち技術専門員は、学生が公平かつ自由に、そして安全に制作に集中することのできる場を用意するために日々業務に勤しんでいます。この場所からより自由で新しい創作が生まれていくことを期待しています。

Profile
金沢美術工芸大学 技術専門員
金保洋(かねやす・ひろし)
1991年生まれ。2020年金沢美術工芸大学大学院博士後期課程修了、博士(芸術)取得。 漆造形における漆と色彩の関係と、そこから導き出される漆の自然性をテーマに制作を行い、実制作と理論化の両面からのアプローチを試みている。 2023年より金沢美術工芸大学技術専門員として漆の共通工房を担当する。主な展示に、2019年「湖北国際漆芸トリエンナーレ2019 -器・象-」、2020年「方法の無意識-方法の発露2020」、2021年個展「工芸論の動態-Second Nature-」等。LoeweCraftPrize2024 Finalist。
1991年生まれ。2020年金沢美術工芸大学大学院博士後期課程修了、博士(芸術)取得。 漆造形における漆と色彩の関係と、そこから導き出される漆の自然性をテーマに制作を行い、実制作と理論化の両面からのアプローチを試みている。 2023年より金沢美術工芸大学技術専門員として漆の共通工房を担当する。主な展示に、2019年「湖北国際漆芸トリエンナーレ2019 -器・象-」、2020年「方法の無意識-方法の発露2020」、2021年個展「工芸論の動態-Second Nature-」等。LoeweCraftPrize2024 Finalist。