金沢医療センターや金沢大学附属病院にともない、薬局や医療品関連会社が立ち並ぶ石引エリアに、昨年新しいアートスポット「ギャラリー・ケアリング」がオープン。がんに関わる人たちを支援する「元ちゃんハウス」としてもその活動を引っ張ってきた理事長の西村詠子さんと、「元ちゃんハウスアート部」部長の高橋律子さん、立ち上げに関わったお二人にインタビューを行なった。
「ギャラリー・ケアリング」に至るまで
—立ち上げの経緯を教えていただけますか。
西村:まず、この元ちゃんハウスという場所で私たち「認定NPO法人がんとむきあう会」ががんに関わる人たちの支援を始めたのが2016年の12月。2階のギャラリーケアリングは昨年、2024年12月にオープンしました。
「元ちゃん」というのは私の夫で、金沢大学附属病院などで外科医をしていました。夫は、患者さんが家や病院で心のケアを受けにくい現状やがんを抱えながら生活している人が安らげる場所がないことをずっと気にしていたのですが、そんな中でイギリスの「マギーズ・ケアリングセンター」をロールモデルに、「地元にもこういう場所を作りたい」と金沢で1日マギーの日を開いたり、ワークショップや市民公開講座を開いて、実現を模索していたんです。2015年3月に夫自身にも進行胃がんが見つかり、「生きてるうちに絶対に拠点を作る」と決意し、その気持ちを周りのみなさんが支えてくれました。

西村:当初から運営は寄付と賛助会費と助成金で成り立っています。建物は株式会社越屋メディカルケア様のもので、「空いてるから使っていいよ」と貸していただいています。最初は1階・3階・4階を改装して、このように患者さんがホッとできる木がベースの空間を作りました。病院ってどうしても無機質で、気持ちを整理したり言葉にしたりしづらいから、場所の雰囲気の力を大切にしています。


西村:私は元々看護師で、金沢21世紀美術館の保育ルームに勤めていて、律子さんと出会いました。2018年に美術館主催の「変容する家ー東アジア文化都市2018金沢」という展覧会で、山本基さんが2階のスペースで展示してくださって。元ちゃんハウスにとってはそれがアートとの出会いです。奥様との思い出の木蓮の花の作品にすごく感銘を受けました。
それをきっかけに、活動9年間のつながりの中でいろいろな出会いがあり、元ちゃんハウスのアート部を作らせていただきました。顧問は山本基さん、部長が律子さん。わがままなお願いを聞いてくださいました。昨年、2階に多目的スペースを作ることになり、改めて律子さんに立ち上げの相談したところ、「ぜひ、ギャラリーやワークショップにも使えるスペースに」とアイディアをいただき、アーティストの方々も加わってくれて、「ギャラリー・ケアリング」としてスタートしました。限られた予算の中でしたが、真っ白で気持ちのいい素敵な空間ができました。

アートと福祉、どうつながる?
—世界的に活躍する山本基さんと、キュレーターとして経験豊富な律子さん。律子さんの旦那さんもアーティストですから、羨ましいくらいの最強の布陣です。「ケアリング」という名前もとても良いですよね。福祉との良い距離感を感じさせます。
高橋:実は美術館に勤めていた頃、長期でアーティストと一緒に展覧会をつくっていく途中で、アーティスト自身やそのご家族にがんが見つかったということが何回かありました。自分の場合は制作を止められないし、自分ががんであることを言いたくない、作品をそういうふうに見られたくないと。ただ体調が悪いことが多くなるので、どう進めていくか一緒に考える必要があります。
アーティストとして活動し続けているから乗り越えられることもあります。制作することでアーティスト自身が救われ、またその作品が誰かを救うこともある。ケアの視点からとらえると、アートは生きることと密接にかかわる、大切なものだと感じます。

高橋:美術館では最先端で尖った展覧会ももちろんいいと思うけど、ここではもう少しみんなの手に届く、誰もが「なんかいいよね」とか「楽になった」とか、「アーティストと話せたら嬉しい」とか…とにかく「偉くないやつ」(笑)を見せたいなと。アートってどうしても違う世界のもの、閉じたものになりがちだけれど、患者さんも一緒になれるような場づくりになればと思っています。そういう意味で「ケアリング」は進行形とも捉えられる名前で、患者さんのためだけじゃなく、一緒に作ることで、お互いに優しさ、楽しさや癒しを感じていただけたら嬉しいです。
西村:展示してくださったアーティストの方の中にも、病気を開示することで自分の作品の見られ方が変わるんじゃないかって仰ってた方がいましたね。
高橋:アーティストは自分の病気の経験を言わない人が多いけれど、言うことでたくさんの人が勇気づけられるし、頑張ってる姿が応援になることもあります。無理して語る必要はないですが、病気の経験を伝えることが、誰かを傷つけるのではなくて、勇気づけることもあると、知ってもらえたら。
子育ても、病気も大事な人を亡くすことも、人生のなかで経験する大きな出来事で、うまく向き合えるなら向き合ったらいいし、向き合えなければその人なりのペースと時間で乗り越えていったらいいし、表現につなげていくこともあるかもしれない。アートってやっぱりすごい力があるなって思います。
西村:ギャラリーを始めてから、アーティストの方と話す機会がスタッフや患者さんにも増えて、いろんなことが生まれて贅沢だなと思いました。展示のたびに「見てもいいかな?」って、実はスタッフが一番喜んでいますよ。「変容する家」の山本さんの展示のときは、患者さんに看視のスタッフをしていただいたんです。就労とまではいかないですが、患者さんにとって地域の活動に参加すること、社会活動というのはとても大事なんですよね。
—それは画期的な働き方ですね。
高橋:病気のためにうまく就職できなかったり続けづらくなったり…ということが、ひとつ課題なんですよね。私はそんなこと考えたこともなく、病気が治ったら仕事ができるよねと漠然と思っていましたが、元ちゃんハウスに関わるようになって知ることができました。

西村:国としては18年ほど前から、「がんと就労」を施策として進めてるんです。2018年の看視スタッフへの報酬は元ちゃんハウスの運営費からはとても出せないので、展示側で予算をつけていただきました。私たちがずっと1階にいるので、体調が悪くなったらすぐに交代することもできました。
高橋:働ける場所が少しずつあるということが大事だし、看視スタッフとして関わっていただいたことで、基さんの作品をまた大好きになっていただいて、基さんとのご縁もそこからずっと続いてるんですよね。

真っ白、から始まるギャラリーのこれから
—ギャラリーの今後の予定を教えてください。
高橋:11月23日から元ちゃんハウスの9周年記念企画として山本基さんの個展を予定しています。ひいなアクションの主催事業をさせていただくのと、貸しスペースとして運営しているので、それ以降もいくつか予約はありますね。小立野周辺の方を中心にスペースの貸し出しもしていて、美大生が展示してくれたりしています。アーティストの方でギャラリーケアリングに関心のある方は、ひいなアクションまでお問い合わせください。

西村:ギャラリーを貸し出せるように建物の造りも工夫していて、エレベーターを使わずに、ギャラリーだけを見たい人のために外階段で2階に行けるようになっています。3階4階でのイベントはオープンというわけではなく患者さんが中心になるので、1階の元ちゃんハウスからエレベーターで上がれるようにして。元ちゃんハウスが閉まっていても、ギャラリーの借主に鍵をお渡ししていれば出入りできるようになってるんです。あと、将来的に2階の別の入り口から入れるカフェもやりたいと思っていて、簡単なキッチンと机、イスを用意しています。


西村:美大生もそうですが、ここで展示した方がどんどん世界に羽ばたいて出世していってもらえると嬉しいですね。私が人生でアートと関わったのは本当にここからなので、アーティストというのはまだまだ遠い存在なんですけど…。

高橋:先ほども言ったようにアートって閉じがちなので、別の角度から関わってくださる方がいるのはすごくありがたいんですよ。
西村:私たちの立場からすると、元ちゃんハウスのような施設は県が済生会病院に委託している場所が市内にもう一つあるんですが、行政とNPOという違いもあるし、ましてやアートのギャラリーを持ってるというのは多分日本初!最近話題になっている「文化的処方」というのも、きっと私たちはずっとやってきましたよね(笑)。
高橋:自慢していかなきゃね(笑)。
—ギャラリー・ケアリングの広報窓口や問い合わせ先はどこになりますか?
西村:元ちゃんハウスが窓口になりますが、アートに関することは部長の高橋さんで(笑)。
高橋:ひいなアクションのウェブサイトからお問い合わせください。またギャラリー・ケアリングのInstagramも作りました。こちらからも情報発信していきます!
—今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
企画協力:NPO法人ひいなアクション
石川県金沢市石引4-4-10越屋メディカルビル(元ちゃんハウス)2階
お問い合わせはInstagramDMから

