2025年度より金沢美術工芸大学に赴任され、哲学とフランス語をご担当いただいている桐谷慧先生に「美大で哲学を教えるということ」というテーマで文章を書いて頂きました。どうぞお読み下さい。
「哲学を教えています」と伝えると、正反対の二つの反応がある。ときに、何の役にも立たない世間知らずだろうと、口元に微笑みをたたえながら冷ややかな眼差しを向けられる。「せいぜい、現実を生きるのに忙しい我々の足を引っ張らないでください」といったところだろうか。また別のときには、大きな期待をもって熱烈に歓迎されることもある。かつて小学生に玉蹴りを教えていたころ、居酒屋で心地よく酔った保護者に捕まり、「人生の意味を教えてやってください」と懇願されたことは、今でもよく覚えている。あたかも哲学者とは、浮世離れした役立たずであるか、さもなければ人生の意味を教えてくれる隠者であるかのようだ。あるいは、同時にその両方かもしれない。
美術系大学では事情は変わるだろうか。新しい哲学系の教員と聞いて研究室を訪ねてくる「思想好き」もいれば、「難しいことはよくわからないです」とあっけらかんと語る向きも少なくない。警戒されていたほどに超俗的ではないが、「難しい問題ですね…」と口ごもるばかりで人生の意味を教えてくれるわけでもない哲学教員は、その凡庸さにおいて双方の期待を裏切るばかりである。
それでも、美大が哲学研究者にとって比較的「理解のある」職場であることは間違いなさそうだ。大きな(過剰な)期待を寄せてくれる学生や教員もいるし、授業に対して明確なリアクションが返ってくることも少なくない。歴史的に、哲学と芸術が近接した領野であるとみなされてきたことを考えれば、自然なことかもしれない。私自身、いくつかの機会に、哲学を学べば発想力を養えるとか、批判的思考力が身につけられるなどと、哲学教育の「有用性」を主張したこともあった。しかしそれは本当だろうか? 言語表現を基本とする哲学と、非言語表現が中心の造形・視覚芸術の関係は、それほど自明ではあるまい。では、哲学を学ぶことは役に立つのだろうか? 「役に立つ」ことは、何の役に立つのだろうか? そもそも、そのような不明瞭な主張を問いに付すことこそ、哲学の役目ではあるまいか?
哲学の歴史とは、「哲学とは何か」という問いの歴史ともいえる。さしあたりここでは、ささやかな一つの規定を与えてみよう。哲学とは「問いに付す自由」である、と。それは言語によって問いを立て、あらゆるものを問いに付す営みだ。ついに疑いえないものに辿り着くかもしれないし、あるいはすべてを疑い、問いに付す自分さえ問いに付して自己崩壊に至るかもしれない。いずれにせよ、徹底的に問い、何度でも問い直すこととしよう。それは、たんに否定するためだけではなく、問うことによってある主張が強固になり、あらためて肯定されることもあるだろう。このような観点から、先の主張を吟味してみよう。哲学と芸術は近しいものであり、哲学は芸術に役立ちうる。本当にそう言えるだろうか?
確かに、芸術や美についていわば肯定的に論じた哲学者は数多くいる。しかし、哲学の歴史に取り憑き続ける古い亡霊のごとき議論がある。プラトンの『国家』における、いわゆる「詩人追放論」である。この主張は、同書の第2巻と第3巻、および第10巻で提示されている。プラトン――あるいは彼が声を与えるソクラテス――は、理想的な国家建設のために多くの詩は追放されるべきだと語る。というのも、第一に、詩や絵画は模倣であり、真なる存在から隔たった影像にすぎず、神々などについて多くの誤った考えを流布しているから。第二に、詩は理性や法ではなく、魂における情動という部分に強く働きかけるものであり、しばしば人間を非理性的な感情に溺れさせてしまうからだ。要するに、詩は人間に悪影響を与えうるものであり、教育上好ましくないということである。プラトンは、哲学と詩のあいだの「昔からの仲たがい」を語り、詩人を監督して国家に有益な正しい物語のみを創作させること、そうでない多くの詩や物語を彼が描く理想国家から追放することを提案する。
プラトンのこの議論は、検閲の必要性を主張しており、現代において大きな意義をもつ「表現の自由」と対立するものであることは明らかだ。自由を抑圧し、全体主義的国家へと導く議論として、歴史上厳しく批判されてきた。カール・ポパーの批判などがとりわけ有名だ。また、当時のギリシアにおいて、詩は総合芸術として、いわばマスメディアにあたる重要な地位を占めていた。それゆえ、詩人追放論は芸術批判とも捉えられる。実際、プラトンは詩を絵画とのアナロジーで説明しており、ニーチェはプラトンのことを「芸術の最大の敵」と呼んでいた。芸術を志す学生は、このプラトンの議論に憤りを覚えるかもしれない。それはもっともなことだ。しかし、あえてこのいささか古めかしい議論を取り上げるのは、実はそれが今日の私たちの考えからそれほど遠く隔たったものではなく、芸術、表現、自由、理性、感情といった問題について、あらためて考えさせる契機を含んでいるように思われるからである。
プラトンによれば、詩などの創作物は、理性ではなく感情に強く働きかける。しかし彼にとって、感情とは理性よりも劣った魂の部分であり、創作物は人間を理性から遠ざけ、感情に支配されやすくしてしまう。それゆえ、人々に悪影響を与えるものとして、多くの創作物は排斥されるべきと主張されるのだ。頭の固い議論に思われるかもしれない。しかし、これを別の角度から捉えるならば、詩などの創作物は、人々に――ひょっとすると理性的言説以上に――強い影響を与える力を持つという意味で、その能力が認められているともいえる。創作物は取るに足らないものではなく、卓越した力をもつ。それにもかかわらず、むしろそうであるがゆえに、「危険」だとプラトンは判断したのだといえる。創作は、正しく使えば人々に有益な「薬」であろうが、使い方を間違えれば「毒」にもなる――ギリシア語の「パルマコン」という語は、薬にも毒にも用いられる。
ここまで語れば、近年話題になることの多い表現規制の議論も、プラトンの議論と似た構造をもつことに気がつかれるだろう。暴力的表現や性的表現、さらにいえばSNS上のフェイクニュースや人工的に生成された画像などは、人々の感情を刺激し、誤った観念や偏見を植え付けるものとして、規制すべきと主張されることがある。実際、直接的な暴力表現や性的表現は、禁止されるか年齢制限が課せられている。このような議論は、表現の自由に何かしらの制限を設けつつ、同時に表現のもつ力の大きさを認めてもいる。他方、今日において表現の自由を徹底的に擁護しようとする立場からは、虚構的創作物が現実の行動に与える影響は大きくないと主張されることがある。創作された世界が現実でないことは自明であり、創作物は現実の行動に大きな影響を与えないというわけだ。ある研究者は、芸術――とりわけ演劇――がキリスト教世界において許可されるようになったのは、それが「どうでもよいこと」とみなされるようになったからではないかと指摘している。このような観点からすれば、表現の自由を徹底しようとする立場は、芸術の力を低く見積もる議論とも一定の親和性がある。芸術を警戒しそれを規制しようとすることと、芸術を現実に影響を与えないものとみなしてそれに制限なき自由を認めること、どちらがより芸術を評価しているといえるだろうか。この問いは、それほど単純ではない。また、もし創作物が人々に与える影響が大きいことを認めるならば、それを作る者には大きな責任が伴うこととなるだろう。

美大生がその「顔」はよくご存じであろう、フランスの劇作家・俳優モリエール(1622-1673)は、その死に際して、いったんは教会墓地への埋葬を拒否されたという逸話がある。当時、演劇はキリスト教から不道徳なものとみなされており、俳優は破門の対象とされていた。俳優は、死の直前に俳優業の廃業を宣言することで、キリスト教徒として埋葬されるという慣習があったが、モリエールの場合はそれが間に合わなかったとされる。なお、フランス語そのものが「モリエールの言葉」とも称されるほど、現在では国民的劇作家とみなされている。
このように、現代の常識的価値観とは異なる議論を紹介することで、当然ながら、私は芸術を規制するべきだと主張したり、表現の自由という現代的価値観に「反対」したいわけではない――往々にして、反対することは同じ土俵の上での反対に過ぎない。そうではなく、古代ギリシアという「反時代的」な思考を取り上げることで、現在の私たちが前提としている議論の枠組みについて、少しばかり再考してみたかったということである。プラトンが生きた2500年前の古代ギリシアは、現代とはまったく異なる時代や文化であったはずだ。たとえば、彼が詩人に対して手厳しい議論を展開したのは、ホメロスなどの詩人が当時の社会と教育の中心に位置していたからであり、これは哲学者による詩人への挑戦状のようなものであったとも考えられる。哲学や思想史を学ぶことの意義の一つは、今ここにある時代や文化とは異なる考えに触れることで、現代をあらためて考え直すきっかけが得られる点にあるだろう(もちろん、さらに進むためには、表現の価値と自由をめぐるきわめて長い歴史を本格的に検討する必要がある)。
話が遠くまで来てしまった。芸術と哲学の関係は、近いと同時に緊張を孕んだものであろう。学生の作品や制作過程を間近で見ることができ、自身の思考が触発されるという意味で、美大は哲学者にとって刺激にあふれた環境だ。しかし、哲学が芸術制作に何をもたらしうるのかについては、なお考えるべき余地があるように思われる。コンセプチュアルな表現が隆盛を誇っているとはいえ、自らの「制作物」を言語によって「説明」することを頻繁に求められることに、違和感を覚える学生もいるようだ。哲学教員として、言語化の意義を語りたくなる誘惑があることは否定できないが、両者の隔たりを無視してもならないだろう。いずれにしても、私としては、芸術と哲学の複雑で困難な関係について、そして美大で哲学を教えることの意義について、その議論や問題設定の前提にいたるまで、自由に問い、問い直し続けていきたいと考えている。そして、哲学も、芸術も、大学も、そのような自由な問いと交流の場であるべきだと信じている。徹底して問うこと、何ごとも自由に問いに付すことを通して、芸術という世界の途方もない自由に呆然としているであろう美大生とのあいだに、相互触発が生じることを期待したい。自由を規制する議論を展開したプラトンも、彼自身はきわめて大胆かつ自由な言論を実践していたこと、しかもそれをソクラテスの対話というある種の創作のかたちで提示していたことを、忘れないようにしよう。そしてプラトンは、その議論の最後に、もしいつの日か正当な論拠が提示されたならば、詩人の帰国を喜んで迎え入れようと記している。結語は最終的なものではなく、つねに新たな問い直しへと開かれている。
一点付け加えておきたい。この原稿を執筆している2026年3月時点、中東や世界の各地、そして日本国内でも、大きな暴力が行使されている。おそらくは「平和」こそが、自由、芸術の自由、哲学の自由、学問の自由、大学の自由の前提ではないだろうか。戦時下においては、緊急事態という名の下に、哲学も、学問も、芸術も、国家の目的のために供することを強く求められる。そのことは、この国や様々な国の歴史が物語っている。プラトンが詩や芸術に対する批判を行ったのも、理想国家における守護者――軍人――養成のための教育という文脈においてであったということを、最後に指摘しておこう。
