タイビエンナーレ(*1)の第3回目「Thailand Biennale 2023 Chiang Rai」が、北部のチェンライ県にて2023年12月9日から2024年4月30日まで開催されている。私たち(*2)は2月の北陸を離れ、平均気温31℃のこの土地へ赴いた。「国の北端で行われる芸術祭」という観点で筆者は奥能登国際芸術祭のことを考えざるを得ず、実際2023年秋に開催され記憶が新しいこともあり、金沢で、奥能登国際芸術祭を身近に感じる身としてレポートできることと思う。
このマガジンでは、3回に分けて旅を記事にする。タイビエンナーレだけでなく、チェンライという地域性やアート面での盛り上がりについても記していきたく、タイトルを「タイビエンナーレとその周辺」とした。1回目となる今回はビエンナーレへの導入として、チェンライという地域の様子を包括的にお伝えしたい。
*1 正式名称は「Thailand Biennale 2023 Chiang Rai」。この記事では、略称として「タイビエンナーレ」を使用する。
*2 筆者と、休暇中の金沢芸術創造財団スタッフ。
Day2/3:Thailand Biennale 2023 Chiang Rai
Day3/3:チェンライを彩るアーティストたち
首都バンコクのドンムアン空港からさらに飛行機で1時間半の距離にあるチェンライは、その北側の一部を国境として東をラオス、西をミャンマーと共有している。広さは11万km²と石川県の約3倍もの広さがありながら、人口はほぼ同じ120万人規模とかなりゆったりとしている。市街地にはバンコクのように近代的な高層ビルなどは全くないが、後述する白い寺院「ワット・ロンクン」や国境が「黄金の三角(ゴールデン・トライアングル)」として人気の観光地となっていることから、近代以降に建てられた施設や商店街、住宅が立ち並び、各国の観光客で賑わっている。
また旅行当時、タイバーツのレートは1円=0.25バーツ。街中で売っているペットボトルの水1本は10バーツ前後と、約40円で購入できる計算になる。安いとは言えるが、バンコクの発展とパワーを見るとすぐに日本は経済的に追い抜かされるだろう勢いを感じた。
仕事で必要な人以外の現地のタイ人は、簡単な英会話も難しいようで、少し話しかけると首を振ったり、笑顔で無言を返したりした。少しでも英語がわかる人にバトンタッチすることでコミュニケーションを諦める人もいたが、こちらが外国人とわかった上で「ロン!(暑いね〜)」と話しかけてくる人もいて、総じて自分なりの外国人の対応が身についているようだった。
一度冒険心が働いて現地の人しか行かないだろうレストランに立ち寄った。そもそも人通りがあまりないエリアで、昼時を過ぎていたこともあってか他の客は見当たらない。屋根しかない開けた場所で、20〜40代くらいの数人の女性がせっせと内職をしながら店を開けていた。どこからが店内なのかもよくわからないまま、暑さで限界だった私たちは席に座り、メニューを待った。一人の女性が持ってきたしおりのような紙ペラは料理の一覧のようだったが英語表記はもちろんなく、Google翻訳でスマホをかざしたり、「麺が食べたい」を翻訳したりしてなんとか注文を確定した。
その後、頼んだつもりのものは一切出てこなかった。そしてシンプルな卵焼き以外の全てが、これまで体験したことのない刺激的な味だった。気を遣って出してくれたタイ米と生野菜には感謝したものの、それだけでは到底払拭できない。強烈な辛さの余韻を口の中に残し、私たちは気温30℃を超える暑さの中へ再び戻って歩き始めた。
大通りを一本外れれば、そこには「カレー」も「ヌードル」も通じない世界が待っている。意思疎通が困難になるレベルでのローカルさとの距離感を説明するエピソードとして、紹介しておく。
そんな異国あるあるを経験しながらも、私たちはローカル地域ならではのまったりとした時間の流れに身を任せることもあった。国をあげての芸術祭を受け入れられるだけの文化的土壌がチェンライには確かにあり、それを支えているのが多くの文化施設である。タイビエンナーレの作品の一部はこれら文化施設の敷地の中に設置されており、観光地としても魅力的なこういった施設の協力の上に芸術祭が成り立ち、集客の面でも互いに支え合いながら相乗効果を図っていることを想像させる。
チェンライの象徴的な観光地である、白い寺院ワット・ロンクン
11世紀に成立したラーンナー王朝の遺跡を残す、ワット・パーサック
22ヘクタールもの広大な敷地をもつメーファールアン芸術文化公園
ラオスとミャンマーをメコン川の対岸に臨む観光地、ゴールデン・トライアングル
北部の少数民族の資料を残すチェンセーン国立博物館
こういった既存の施設・建物の集客力を借りながら、空間と親和性を持った作品が独自の表現を切り込んでいた印象である。
またチェンライを離れるとき、日没直後の空の色が目に留まった。ビエンナーレの作品群が固まっているメコン川近くのチェンライ北部のエリアにはタクシーがほとんど走っていないとのことで、市街地を出発してからの丸1日、1台のタクシーを乗り回しさせてもらった。作品を見終えた私たちを乗せて市街地へ戻るタクシーが遠くに山々を臨む荒野をひた走るなか、その時間帯の空の色は、夜を纏う深い青から黄味がかった白、オレンジ、濃いピンクを経て淡い水色を含み沈んだ太陽へ向かうグラデーションになっており、見覚えがあった。
直前にアピチャッポンの目玉をモチーフにした作品(次章にて紹介)を見たこともあり、その既視感は事前に何度も見たタイビエンナーレのビジュアルイメージのものであることをすぐに思い出した。チェンライではそこまで珍しい景色ではないのかもしれないが、終日県内を移動して作品を見終えた来場者を労う象徴的な色合いとして使用したのかもしれない。
偏った情報ではあったが、タイビエンナーレの舞台であるチェンライの情景や空気感を思い浮かべていただくための1/3をこれで終える。先進的なバンコクとは違ったゆったりとした時間の流れがあり、山岳地方の少数民族の気配や独自の歴史の遺構を残す、ローカルでありながらも文化度の高い土地であった。DAY2/3では、タイビエンナーレの具体的な作品をいくつか取り上げてレポートしていく。
Day2/3:Thailand Biennale 2023 Chiang Rai
Day3/3:チェンライを彩るアーティストたち
〈参考〉
タイランド・ビエンナーレ2023チェンライ公式ウェブサイト
https://www.thailandbiennale.org/
タイ国政府観光庁ウェブサイト
https://www.thailandtravel.or.jp/
Tokyo Art Beat 記事「『タイランド・ビエンナーレ チェンライ 2023』レポート。タイ最北端の地で、神話や霊と戯れながら世界の扉を開く」
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/thailand-biennale-chiang-rai-2023-report-202401