
取材:金谷亜祐美
繁華街にほど近い住宅街・菊川。片町へ徒歩圏内ながらも閑静なこの街で、築100年の金澤町家にひっそりとのれんを掲げているギャラリーがある。暮らしの工芸品を中心にあつかう「ヒトノト」。今回、オーナーの一人である安田 奈央さんに話を聞いた。

──パートナーであり写真家のニック ヴァン デル ギーセンさんと一緒に運営されているんですよね。金沢に拠点を置かれた経緯から伺えますか?
私の出身が小松市で、高校を出た後に東京に9年くらいいました。その後1年スウェーデンに留学したんですが、よくある話で海外に行って初めて自分のアイデンティティが日本人だと実感するけど、その日本についてよく知らないなあと。日本というか石川県民だなと思うような瞬間がよくあって、地元に戻ろうと思ったのが8年前です。ニックとは東京で仕事を通じて出会ったのがきっかけで、私の2年後ぐらいに引っ越してきました。

東京にいたときは音楽をやっていたので、帰ってきても仕事の当てがなかったのですが、地元を知る仕事がしたくて、最初は編集の仕事に就きました。やっていくうちに地域の内側にいて内側の人に伝えるというよりも、中にいながら外の人に伝える仕事ができないかと思って、英語も活かせる金沢市内のインバウンド向けのホテルの立ち上げに関わったんです。私のなかではホテルは地域のメディアだと捉えているので、そういう視点で面白いなあと。その後、その経験とご縁から外資系ホテルの開業にも関わりました。デジタルマーケティングなどを担当していましたね。
ある種のやりがいも見つけられましたが、自分が好きなものや心が動くものとは相反する世界だな、という違和感があって。今まで自分の人生でやってきたことに一つ共通点があるとすると「伝える」ということで、自分が情熱を燃やせることに時間や人生を費やしたいなと思って今、ヒトノトがあるわけです。

人の音とかいてヒトノトを読みます。屋号は実は5年くらい前からあって、金沢に引っ越してきたときに借りた町家の土間スペースで何度か企画展をしていたんですが、別の仕事をやりながらというのがなかなか難しく。本腰を入れてやると決めてこの場所に移動してから、今1年半くらい経ちます。
──ホテルの華やかさから考えると違った雰囲気ですね。
これが「私」に近いですね(笑)。2人で物件を巡っていて、来た瞬間に「ここだ」と思えた。始める場所としてはよかったのかなと思います。

──お店を開くことを前提に物件を探したんですか?
そうですね。私たちはアートのバックグラウンドではなく、ライフスタイルというか、使い手・買い手が伝え手になっているので、「ギャラリー」というのはなんとなく恥ずかしくもあります。でも、無知だからこそできるような紹介の仕方や違う方法で人とものを繋げること、型にはまらずに作家さんに貢献ができたらと思っています。
いわゆる「ショップ」でもない、「ギャラリー」でもない。何かの間のような空間である感覚がありますが、好きなものを買って使う度に「素敵だな」とか「ちょっと嬉しい」といった「ものがあることで感じる豊かさ」を感じられるものに出会える場所にしたいですね。東京時代は仕事のために生きていたようなもので、自分たちへの暮らしへの問いがヒトノトを始めるきっかけでもあったので、それを模索し実践していくことで見えてくるものがあると考えています。ヒトノトへきてくださった方にはできる限りお茶を出して、ゆっくり過ごしてもらえたらと思っています。

展示で使わないスペースは写真スタジオとして使ったり、お茶会をするときにイベントスペースとして使用しています。こういう暮らしの気配のある場所でやりたいなと思って借りたのですが、始めてみると1階には絵をかける場所がなくて、立体物じゃないとつらい笑。作品をより良く見せるのであれば真っ白な展示スペースである方がいいなあと思いますが、それは他のギャラリーさんがやってるんだとするなら、この空間でしか見せられないような紹介の仕方ができたらなと思います。
──作家さんを見つけたり、展示を依頼するときに決め手になるポイントはどこですか?
意識はしてないんですが、技巧系の方よりもマテリアルドライブの方や、古いものに習っている方が結果として多いような気がします。陶芸の方だったら、土オタクで山奥で自分で穴を掘って窯のためにレンガを積んでいるような方。古物も収集していますが、昔に作られたものはそれこそ自然素材で身体性を持って作られたものが多いですよね。自然に委ねる、自然と対峙している中から生まれるものが好きなんだと思います。あとは仕上がりとして、緊張しないことや家で使える安心感を持った作品ですかね。まずは自分たちの暮らしで使ってみて、いいなと感じたものを作る方に会いに行っています。


最高の普通というか、奇をてらっていないというか、無為というか…自分を表現しようしようと思ったものには意図が入ってしまいそういう佇まいになると思うのですが、やり続けて抜けた先に行くと「自分」は消えると思うんです。その感覚は音楽をしてた時にあって。歌を歌おうとするほど歌ってる「ふう」になっていく。自然に自分の声が音になるようにという意識はありました。だから、0テイクの声が良かったりするんです(笑)。精神性に興味があり音楽に向き合っていたので、そういう意味では今うつわから感じることが、自分が歌を通して考えていたこととクロスすることがあります。
──歌と工芸、ジャンルが全く違うように思いますが、素のもの、ピュアなものに惹かれるところがあるのかもしれないですね。
今後の展望として、やってみたいことはありますか?
一つは、せっかく日本人とオランダ人でやってるので、海外と日本のものづくりを繋げるようなことができないかなという意識があり、去年の春にリサーチを兼ねてオランダとベルギーに行ってきたんです。オランダは合理主義でプロダクト、デザインのカルチャーが強い。オブジェやアートは買うけれども、普段使う器はインダストリアルなデザインアイテムで、手仕事の気配をあまり見つけられませんでした。国によりものとの関係性は違うのでリサーチをしながら、面白い機会に繋げられるようにアンテナをはっていきたいと思います。

地域の方はもちろんですが、オンラインでの販売にも力を入れていきたいと思っています。Instagramのフォロワーは65%が海外のユーザーなので、インスピレーションになるだけではなく手に取ってもらえるように工夫をしたいですね。写真では伝わり切らないですが、質感や魅力をより想像してもらえるようにすることで、オンラインでも心が動くことが叶うと思うんです。そこには共感が重なることによる信頼も作用すると思います。まだ始めたばかりなので、やれることをとにかく全部やりながら自分達にしかできないようなスタイルでつなげられる道を増やしていきたいです。
あとはこれまでの経験も生かして、本当はいつか小さな宿をやりたいんです。自分たちがオススメしたいものでしつらえた空間で滞在する体験をしてもらって、そこにあるものが買えたりする場所。Airbnbで個人宅のゲストルームやホームエクスチェンジでパーソナルなスペースに滞在した経験に旅の醍醐味や面白さを感じてきたので、そんな場所が作れたらと妄想しています。
──幅広い経験をしてきたお2人の行動力で、その未来もかなり近い気がします。本日はありがとうございました。


(取材:2025年2月)

昔からある風景、暮らしぶり、美意識に出会う
金沢市菊川2丁目16-15
Open: 展覧会*期間中および予約制
*営業時間はインスタグラムをご確認ください

安田奈央(やすた・なお)
安田奈央:小松市生まれ。ボーカリストとして東京で活動したのち、石川県へ。雑誌編集、インバウンド向けホテル業務などに従事しながら、2017年にヒトノトとして企画を開始。2023年ニックとともに築100年の金澤町家を借り、ヒトノトを開業。
安田奈央:小松市生まれ。ボーカリストとして東京で活動したのち、石川県へ。雑誌編集、インバウンド向けホテル業務などに従事しながら、2017年にヒトノトとして企画を開始。2023年ニックとともに築100年の金澤町家を借り、ヒトノトを開業。