コラム文化
2025.03.26

KANABIカッティング・エッジ 第18回──異国で美術を学ぶ|王珊珊

金沢美術工芸大学(KANABI)から最新のトピックをお届けする「KANABIカッティング・エッジ」。第18回となる今回は中国の北部、内モンゴル自治区からにある金沢美術工芸大学大学院に留学中の王珊珊さんより異国で学ぶこと、また日本で学ぶことについてエッセイをいただきました。


私は2023年に金沢美術工芸大学大学院工芸専攻修士課程を修了し、現在は同大学院の博士後期課程で彫刻分野に在籍している留学生です。

私は中国の北部に位置する内モンゴル自治区で生まれ育ったモンゴル人です。「モンゴル」と聞くと、多くの人は独立国であるモンゴル国を思い浮かべるかもしれません。一方で、内モンゴルは現在中国の一部でありながら、昔からモンゴル民族が暮らし、果てしなく広がる草原と遊牧文化が根付いてきた地域です。しかしながら、モンゴル民族が多数を占めていたこの地域は、歴史的な原因や中国内地からの人口移動の影響を受け、現在ではモンゴル民族の割合が自治区の総人口の約18%前後にまでなっています。これに伴い、モンゴル語の使用者も減少し、モンゴル文化は急速に失われつつあります。かつてフェルトを用いた住居(ゲル)、刺繍、銀器や馬具などの伝統技術も、今では一部の職人によってかろうじて継承されている状況です。

内モンゴルの町中にあるお寺の写真

こうした状況の中で、私は「伝統文化はどのように受け継がれ、そして生き続けられるのか」という問いを抱くようになりました。伝統技術を守るだけではなく、新しい形へと発展させながら継承することはできないか、と考えたときに、出会ったのが日本のファイバーアートでした。日本のファイバーアートは、伝統的な技術を土台としながらも、現代美術の手法と融合し、新たな表現の可能性を広げていました。これに触れたとき、私は自分が抱えていた問いに対するヒントを見つけたように感じました。

「器界」 2024 年制作 素材:羊腸 サイズ:H115╳W50╳D43cm

そして、日本がグローバル化の波を受け入れながらも、独自の文化を大切に守り続けていることに強く惹かれ、2018年に日本への留学を決意しました。日本には多くの都市がありますが、その中でも金沢は特に「伝統」と「現代」が共存している街であり、私にとって理想的な環境だと感じました。初めて金沢の街を歩いたときのことを、今でも覚えています。歴史を刻んだ古い町並みや金沢城が今も息づく一方で、同時に金沢21世紀美術館のような現代建築が自然に溶け込み、まるで、時間が幾重にも重なり合っているような不思議な感覚でした。私が生まれ育った内モンゴルでは、伝統文化を守るのが厳しい環境に対し、金沢では伝統が現代と融合しながらも力強く生き続けています。ここでならば、歴史ある伝統工芸の技術を学びながら、自分の新たな表現を生み出すことができると強く感じ、私は迷うことなく金沢美術工芸大学で学ぶことを決めました。

2021年、授業「地域文化論」で能登へリサーチに行った際の写真

異国で学ぶことは、言葉や生活環境の違いを乗り越えるだけでなく、考え方やアプローチの違いにも直面しなければなりません。それは、時に戸惑いを感じることもありますが、新たな価値観を吸収し、自分自身の表現を深める機会にもなると思います。金沢美術工芸大学での学びと生活は、私にとって単なる知識の学びではなく、新たな視点を得るための貴重な経験です。工芸専攻と彫刻専攻での学びを通して、素材そのものが持つ意味を探究し、表現の可能性を追求する中で、私自身の制作プロセスも大きく変化し、より深いコンセプトや技術的探究を取り入れるようになりました。特に、金沢美術工芸大学では、素材そのものが重視されていると感じます。大学で、素材が持つ文化的・歴史的文脈を意識しながら創作することの重要性を教えてもらいました。こうした考え方は、私に大きな影響を与え、自分自身と関わる素材を使って表現したいと思うようになりました。また、大学院では自主性が重視されており、自ら研究を進めなければなりません。これは、私にとって大きな挑戦でありながら、制作の自由度が高いという点で非常に魅力的でした。教授や指導教員からのフィードバックを受けながら、自分のテーマを深めていくことができるのは、日本の美術大学院ならではの教育の特徴だと感じています。

2023年内モンゴルの地元で撮った写真

私の留学生活はまだ続いていますが、これからも金沢での学びをさらに深め、自分自身の表現を追求しながら、より独自性のある作品を生み出していきたいと考えています。金沢美大での学びを、自分だけのものにせず、留学生という立場だからこそ見える視点を活かし、日本と内モンゴル、そしてさらに広い世界の工芸やアートをつなぐ架け橋になれたらと思います。

Profile
アーティスト
王珊珊(おう・さんさん)
アーティスト名:O33

2021年―2023年:金沢美術工芸大学大学院 美術工芸研究科 工芸専攻 染織コース 修士
2023年―現在 金沢美術工芸大学大学院 美術工芸研究科 美術領域 彫刻分野 博士在籍

モンゴル民族を象徴する五畜から得られる素材ー腸(主に羊腸である)を用いて、アンビギュイティといったテーマにして制作している。自分自身のアイデンティティの問題に直面しながら、様々な「曖昧な境」にふらふらと揺れ、その儚さを捉えている。
アーティスト名:O33

2021年―2023年:金沢美術工芸大学大学院 美術工芸研究科 工芸専攻 染織コース 修士
2023年―現在 金沢美術工芸大学大学院 美術工芸研究科 美術領域 彫刻分野 博士在籍

モンゴル民族を象徴する五畜から得られる素材ー腸(主に羊腸である)を用いて、アンビギュイティといったテーマにして制作している。自分自身のアイデンティティの問題に直面しながら、様々な「曖昧な境」にふらふらと揺れ、その儚さを捉えている。