コラム
2023.05.26

お届けアーツとわたし|木下梢

執筆:Kinoshita Kozue
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執筆:Kinoshita Kozue

「アウチリーチ」という言葉をご存知でしょうか?
特にコロナ禍以降、金沢芸術創造財団が力を入れてきた事業で、アーツカウンシルとしてはアーティストの活動とコミュニケーションの場を広げるという意味でも大切なプログラムです。ここでは、着任早々、初めてこの事業を担当することになった同財団事業課に勤務する木下梢さんにその様子を伝えていただきます。


「お届けアーツプログラム」とは?

アートを届けるアウトリーチ事業。ホールなどに来てもらうのではなく、こちらから学校や施設に行き、音楽を演奏したりワークショップをしたりする。対象は、小・中学校、児童館、保育所、認定こども園、幼稚園、公民館等の施設。4つのプログラム(伝統芸能、クラシック、伝統工芸、ミュージカル)から選ぶことができる。

はじまり

2022年4月。私は「お届けアーツ」という事業の担当になったことを知りました。これまで、音楽や芸術の仕事とあまり縁がなく、アウトリーチ活動と言われても、いまいちピンとこない。そんな状況からのスタートです。それでも、この事業を続けている職員の手助けもあり、何とかやっていけそうだと思えました。

“アウトリーチ”とは何なのか? 

最初につまずいたのが、この“アウトリーチ”という言葉です。聞きなじみがなかったため、すぐにインターネットで調べました。すると、どうやら「手を伸ばす」という意味で、音楽の分野だと、ふだんコンサートに行かない人や行きたくても行けない人に、出前のコンサートをすることだと分かりました。でも、言葉の意味が分かっても、結局アウトリーチがどういうものなのか、さっぱりです。ちょうどそのとき、富山県でモデルアウトリーチがあるから見に行かないかと、上司から声をかけてもらい、見学させていただくことになりました。そして、初めて音楽のアウトリーチを見て、あぁこれか! と納得しました。体育館に楽器を持った人たちが来て、演奏会が開かれる。思い起こせば、私も小学生のときに体験していた、あれこそがまさにアウトリーチだったのです。

伝統芸能プログラムとクラシックプログラム

お届けアーツで最も人気があるのが、音楽のプログラムです。鑑賞型なので人数が多くても対応でき、誰でも気軽に参加できるのが特徴です。保育所等は、打楽器や声楽など子どもに馴染みのあるもの、小中学校は琴や木管・金管など、音楽の授業で扱うもの、そして公民館は弦楽器や小唄といった落ち着いたものを選んでいます。曲の構成は、ディズニーやジブリなどの知っている曲もありつつ、伝統の曲やクラシックをしっかりいれる。そうすることで、本格的過ぎることなく、飽きずに楽しんでもらえています。

伝統工芸プログラムとミュージカルプログラム

伝統工芸プログラムはワークショップ形式なので、児童館など少人数の団体向きです。蒔絵と絵付の2種類があり、漆や釉薬を用いた本物の体験が好評です。いずれも卯辰山工芸工房を修了した方々を講師に迎え、工芸分野の作家を知っていただくきっかけにもなっています。ミュージカルプログラムでは、金沢シアターカンパニーの講師陣がミュージカルの成り立ちを実演して説明するほか、歌やダンスで楽しいステージを届けます。ミュージカルは色んな要素が詰まっているので、子どもたちも好きなものを見つけやすく、大人も楽しいプログラムです。

アウトリーチで大切なこと

アウトリーチの仕事をしていて、徐々に気が付いたことがあります。それは、自分の役割についてです。特に音楽に関して言えば、お客さんもいて、アーティストもいて、それで十分成り立つのでは? 自分ができることなんてないんじゃないか、最初はそう思っていました。ところが、施設との打ち合わせやアーティストとのやり取りを重ねて、アウトリーチの数をこなしているうちに、色々と見えてくるようになります。ステージまでの導線はどうしようかとか、どの楽器にマイクを入れたら音のバランスが良くなるかとか、コンサートの内容が施設側のイメージに合っているだろうかとか、挙げたらキリがありません。一つ一つは小さいことなのですが、その一つ一つがコンサートを形作る大事な要素だと思うようになりました。そして、大切なのは、コンサートのイメージを自分自身が持っておくことです。極端な話、大人向けに組まれたコンサートを子どもに対して演奏したら、子どもは楽しくないわけです。同様に、夜のしっとりしたコンサートに、ファンファーレのような明るい曲も合いませんし、そういう意味で、何らかの核となるイメージを持っておくことが必要です。

成功するとは?

アウトリーチが成功したかどうかは、どうやったら分かるのか。正直なところ、最初は何が成功で、何が失敗か分かりませんでした。数字で点数が出るわけでもないですし、どうでしたかと聞いても、とても良かったですという返事がほとんどです。それで、何回も何回もアウトリーチに行くのですが、全然見えてこない。でもある日、何気なく話をしていたら、職員さんがポロっと言うわけです。子どもたちや参加者の反応を見れば分かる、と。そうなんだ! と思いました。そこから、コンサートの最中に周りをよく観察するようになりました。すると、ちょっと退屈を感じた時、子どもたちの体がゆらゆらと揺れることに気が付きました。そして、集中しているときは静けさに包まれて、楽しんでいるときは、笑い声や感嘆のため息が聞こえてきます。大人だと、歌ったり手拍子が大きかったり、あとは帰り際に「楽しかったね」と皆さんで話しているのも印象的でした。最近は、楽しいなと思える瞬間が見れたら成功なんじゃないかと思えるようになりました。

全部が楽しくなくてもいい

矛盾するようですが、つまらないと感じる瞬間があってもいいと私は思います。面白いなぁと思えるのは、ある程度楽しみ方を知っているんじゃないかという気がしていて、つまらないというのは、そこに曲に対する理解を深める余地が残っていると感じます。なので、例えば曲が作られた時代背景を知るだとか、あるいは、いつか自分が演奏してみて初めて気付きが生まれるとか、そういう未来の自分が楽しめる余白が残っていた方が、逆に面白いのではないかなと思います。かといって、何の説明もないと、全く心に残らない。だから、ちょっとしたフックが必要です。今年度、とてもいいなと思ったのは、「お世話になっている人を思い浮かべて、聞いてください」と前置きして、イメージを持ってもらってから演奏するというもの。私も初めて聞く曲で、取っ掛かりはまるでない。でも、心に人を思い浮かべるだけで、曲に思いを馳せることができ、大げさかもしれませんが、自分のこれまでのストーリーが素晴らしいものに思えました。

アートを届けるということ

今やっていることは、心の拠り所を社会の中に作っていく仕事だと自分では思っています。目に見える成果は、もしかするとないかもしれない。でも、今日を楽しく過ごせた、ホールでコンサートを聞いてみたい、いつか自分もやってみたい、そんなポジティブな気持ちがこのお届けアーツプログラムから生まれて、音楽や芸術が人生と関わりを持ち、困ったときや悲しいときに支えてくれて、頑張りたいときや嬉しいときにエネルギーをもらえるようになる。そうして、文化芸術の担い手が新たに出てきて、また少し多様で文化的に豊かな社会になっていく。その循環の始まりが、アートを届けるということだと私は思います。

Profile
金沢芸術創造財団 事業課
木下 梢(Kinoshita Kozue)
2022年から金沢芸術創造財団 事業課に所属。 「お届けアーツプログラム」をはじめとするアウトリーチ事業や毎月第4金曜日に金沢市役所第二本庁舎で開催している「ランチタイムコンサート」、市民演奏家が演奏を楽しむ「市民アンサンブルの日」など音楽事業を担当。アーツカウンシル金沢で、色んな人と関わることができて、毎日楽しい。
2022年から金沢芸術創造財団 事業課に所属。 「お届けアーツプログラム」をはじめとするアウトリーチ事業や毎月第4金曜日に金沢市役所第二本庁舎で開催している「ランチタイムコンサート」、市民演奏家が演奏を楽しむ「市民アンサンブルの日」など音楽事業を担当。アーツカウンシル金沢で、色んな人と関わることができて、毎日楽しい。