対談
2023.05.31

津田道子は金沢で何をするのか?(前編)|津田道子 × 星野太

ライター: 中井輪
編集: 金谷亜祐美
撮影: 奥祐司(OQ Works LLC)
Share
ライター: 中井輪
編集: 金谷亜祐美
撮影: 奥祐司(OQ Works LLC)

2021年、金沢美術工芸大学彫刻専攻にて教鞭を執るため、金沢へ居を移したアーティスト・津田道子氏。移住後3年目となり、教員として多忙な中でも制作発表や海外でのリサーチを絶やさず、精力的に活動している。2023年6月、金沢市内のギャラリー・金沢アートグミでの個展を控える彼女と、同じく金沢美大で2016〜2020年の間教員を務めた星野太氏を対談ゲストとして招き、津田氏の金沢の自宅にて現在と今後の制作や関心事について話を聞いた。全2回連載の前編。
後編を読む

パフォーマンスと身体

──身体への関心は間違いなくあの舞台から始まっていますね。自分の身体が作品の素材になることを意識し始めたんです。」

星野:パフォーマンスに対する関心が津田さんのなかにどういうふうに芽生えてきたのかを、今日は聞いてみたいなと思っていました。ある作品では、小津安二郎の映画の身振りをトレースしていましたよね(*1)。あれは神村さん(神村恵(*2)・ダンサーで津田氏とは「乳歯」というユニットを形成している)の、イヴォンヌ・レイナーの《Trio A》(1978)などへの関心(*3)もあると思うんですが、もちろん一緒にやっている津田さんご自身もパフォーマンスへの興味関心があるはずだと思っていたので、それがどういうふうに芽生えてきたのかがすごく気になってたんですよ。

乳歯《スクリーン・ベイビー#2》(2020年、トーキョーアーツアンドスペース本郷) photo: bozzo

津田:芽生えてきたというか私はほとんど表に出たくないんです…

星野:自分自身が?

津田:はい。私は、そもそも映像を作る時も、見られる側になるよりもカメラの向こう側にいたいんです。神村さんと初めて一緒に制作したのが2016年でしたが、セゾン文化財団の森下スタジオで予定されていた神村さんのソロ公演(*4)に向けて、「制作プロセスに付き合ってほしい」というお誘いをいただいたんです。

星野:はい。

津田:神村さんの作品は見ていたし、記録映像を制作したこともあって気になっていたのでお誘いに乗り、初めは2人でワークショップしたり考えを話したりするぐらいだったんですけど、神村さんに「ちょっとやってみて?」と言われて身体を動かしたり、話したりしているうちに出演することになっていったんです。でも私が神村さんと対等に出る設定で公演前日にリハをした時に、全くおもしろくなかったんです。そこで、制作プロセスで神村さんが踊っているときに私が「それ、何を考えて踊ってるんですか?」とかいろいろ話しかけたりするのを、そのまま舞台でやってみようという話になって(笑)。その方が私もできそうと思ったし、元々その舞台では観客の存在を問いかけるようなことをしたかったから、「観客と演者の間の人」をやることになったんです。だから自発的に出演したというよりも自然と巻き込まれた感じがありますね。

「観客と演者の間の人」(乳歯《知らせ》(2016年、森下スタジオ) 撮影:松本和幸

津田:でもパフォーマンスに全く興味が無かったわけではなくて、映像作品にダンサーに出てもらったり、公演を見に行ったりもしてたんです。ダンサーに出演してもらうとき、「こう動いてください」という指示を俯瞰した図面で考えるんですが、神村さんはそれを理解する方だけど、ダンサーのなかには動くと完璧にできるのに図面だと理解できないという人もいるんですよ。だからダンサーって頭の中がどうなってるわからない、私とは違う人たちだと思ってたんですけど、知らないうちに。

星野:なるほど。

津田:その公演は1日で2回やって、美術の制作と違って身体が空っぽになるようなものすごい疲れ方でした。スタミナ的にはあるんだけど何かが抜けていくというか、フィジカルを使ったんだけど自分が「イメージとして持っていかれた」みたいなことなのかなと思ったりして、おもしろい経験でした。

舞台をやる人ってどこかの段階で多くの人が経験すると思うんですけど、話している言葉が全部セリフに聞こえる現象が起こりますよね。それがしばらく止まらず、日常の全てが舞台に見えてきてしまって、その頃からパフォーマンスを作ることに可能性を感じるようになりました。

星野:つまり、きっかけとしては神村さんに巻き込まれるかたちで、いつの間にか舞台に上げられていたということですね。

津田:「ちょっとやってみて?」という感じで。

星野:なるほど。いまの空間認識の話はおもしろいなと思いました。たしかに、舞台での動きをダンサーに指示しても、人によって空間の把握の仕方が違うから、全然わかってもらえないことがあるんですよね。たぶん、そのズレをおもしろいとおっしゃったんだと思いますけど、あいちトリエンナーレの作品(*5)などはそのあたりの経験から来てるのかなと思いました。

津田:そうかもしれないですね。イヴォンヌ・レイナーの話がさっき出ましたが、私もレイナーの映像作品が好きで、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)(*6)の助成でニューヨークに行ってリサーチさせてもらったとき、ダンサーの人たちもスコアに起こす方法で動きを科学的に捉えようとしていることを知っていったんです。それも空間認識の違いなのか、私達がするように図面に書かれる場合もあれば「どう読むんだろう?」というような記号で書かれてることもあって、おもしろいなと思いました。

星野:じゃあ、ACCのグランティーとしてニューヨークに行かれたときは、ジャドソン・チャーチの(*7)のリサーチをされていたんですか。

津田:そうでしたね。60年代のダンスシーンをもっと知りたかったんです。あとは、レイナーは映画をよく知られているだけでも7本撮っていたり、映像作品を多く作ってるんですよね。ダンスだと抽象的なテーマを扱っていて、《Trio A》も日常の動きをダンスとして見せているんだけど、映画は女性の更年期についてとか老いることとかジェンダーの問題をしっかり扱っているんです。白人中流階級の作家が一見すると直接は社会性に言及しない作品を作っているので批判もされてたと聞いたんですけど、映像作品は社会性の強い問題を扱っていて、その差も気になっていました。

星野:中島那奈子(ダンス研究者)さんの「老いを巡るダンスドラマトゥルギー」(*8)というプロジェクトに神村さんが関わっていたじゃないですか。そこで神村さんが、《Trio A》は映像で見るとすごく簡単そうなのにやってみるとめちゃくちゃ難しいと言われていたのが印象的でした。まったく文法が違うダンスの動きを数秒ごとに切り替えるから、すごく高い身体技能がいるみたいな。

津田:そうそう。「一ヶ月ぐらいダメージがあります」と言ってて、あんなにつらいのはあまりないかもという話も…。《Trio A》は教えられる人が世界に限られた人数しかいないみたいで、その人たちに習ったダンサーの方はみんな本当に大変だと言ってますね。

星野:あと、いま話題に出た「老い」についてですが、レイナーの《Trio A》の「老いぼれバージョン」(*9)をご覧になったことはありますか?

津田:見てないです。映像で見られるんですか。

星野:映像で見られます。レイナーのニューヨーク・タイムズの記事に埋め込まれているんですが、80歳のレイナーが《Trio A》を踊ろうとするんだけどうまく踊れなくて、それを介助する人が舞台上にいる。レイナーが忘れてしまっているパートとか、踊れないところを若い女性がサポートしながら踊るという、老いの話との関連で大事な作品だと思います。

津田:中島那奈子さんのテキストで読んだことがあったと思います。

星野:そうですね。中島さんが文章(*10)で書かれていると思います。最近、津田さんがフィジカルを鍛えられてるのはそういう関心とも通じるのかなと。

津田:あれ、フィジカル鍛えてるのなんで知ってるんですか(笑)。

星野:津田さんのSNSで見ました(笑)。

津田:大会に出たことはたまに投稿してますね。その辺の関心ともつながってはいると思うんですが、うまく言えるかな…。でも身体への関心は間違いなくあの舞台から始まっていますね。自分の身体が作品の素材になるんだということを意識し始めたんです。

星野:なるほど。

身体をつくることと作品をつくること

──十分に使えていない身体を自由に使えるようにすることは、身体がある人に等しく与えられていることなので、そこにも平等性を感じたんですよ。」

津田:金沢に来てからちょっとずつ走り出して、1年ぐらい前に初めてハーフマラソンを走ったんですが、アスリートの人たちに体や膝を壊さないよう教えていただいたり身近に接している中で、ダンサーともまた違う繊細さで身体に向き合ってることに気づいたんです。美術まわりの人はほとんど体を…(笑)。運動しないじゃないですか。

星野:そうですね。

津田:でも運動する人って大会に出てみるとたくさんいるんですよ。びっくりするほど努力を積み上げているサラリーマンや保育士さんとか、いろんな方がいて、アマチュアだけどスポーツをする人は多いんだと気づいたんです。美術以外の世界を知らなかったんですね。

走るって孤独だし、誰でも最初は走れなかったと言うし、はじめからつらくないことはないみたいで、プレイヤーの裾野が広くて人口が多くて、やってみることについては平等という感覚を強く感じたんです。

アーティストとして活動してて、作品を作る人は、芸術をすることは誰にでも開かれている、誰でもやってみればいいのに、という気持ちがどこかにあると思うんです。私がディシプリンの強い教育からスタートしてないからかもしれませんが、「それぞれに合ったやり方でやってみる」ということに関してスポーツとアートに共通点を見出して、それでスポーツというか、走ることについてやりたいなと思ったんです。

星野:今はそれについての作品を準備されているんですか?

津田:はい。金沢に来て調べてから知ったことなんですけど、大島鎌吉という三段跳びの選手で1964年の東京オリンピックの選手団団長の人がいるんですね。その人が金沢出身で、金沢美大の近くのお寺(*11)にお墓があるんです。金沢ふるさと偉人館にも大島鎌吉を紹介するスペースがあるんですけど、その人がジャーナリストでもあったみたいで。選手を終えてからドイツのベルリンにしばらくいて毎日新聞の記者として日本のことを発信したり、ドイツ語もロシア語も英語もできる博識な方で、日本のスポーツを振興されてたそうなんです(*12)。それで、彼はエリートを作ろうというんじゃなくて、スポーツの裾野を広げようという活動を日本で最初にした方だということもわかってきて、金沢関連の人でもあるし「大島謙吉とスポーツ」をキーワードに今準備しています。

金沢ふるさと偉人館内、大島鎌吉の紹介スペース 撮影:津田道子

星野:スポーツの裾野が広いというのはよくわかるのですが、それに加えて平等というキーワードが出てくるのはおもしろいですね。

津田:身体が元々持ってるものは、ジェンダー含めて平等じゃないですけど、誰でも参加できるし、走ってみるとタイムは関係ない感覚がするというか。距離というのは誰にとっても変わらないですよね。主婦、お医者さん、サラリーマンとか社会的な立場が様々でも、同じ距離を走った、同じスタートを切った、という感覚を共有すると、肩書きや属性は全部関係なくなると思ったんです。十分に使えてない身体を自由に使えるようにすることは、身体がある人に等しく与えられていることなので、そこにも平等性を感じたんですよ。

星野:たしかに、たまに美術とは違う世界に触れると、ふだんすごく狭い世界にいるなと感じることがありますよね。スポーツをしたり、料理教室に行ったりするとそれをすごく感じます。

津田:料理教室ですか…!

星野:前に一度だけ行ったことがあるんですけど、ぜんぜん違う世界だなと思ったんです。スポーツも、30歳くらいのときに突然ボクシングを始めたんですが、その時もふだん自分がいる世界とは違うルールがあるなと思って、それがとてもおもしろかったんです。

津田:そうですね。私達って隙あらば展示を見たりとか、作家だったら常に作品につなげて考えますよね。そういう感じでアスリートの人たちは全部身体作りに向かってるんですよ。食べるものとか、動作、考え方も…もう全てが。作品のように身体を作っていってるんです。それが考えたことのなかった考え方でした。

星野:「隙あらば展示を観に行く」っていいですね。そういう僕らの行動様式も、全然違う世界の人が見たら、なんであの人たちは隙あらば展示を見に行くんだろうというふうに思われる(笑)。

津田:展示に関するとアスリートですよ、私たちは。展示を見ることをマラソンのように感じる時があります(笑)。

後半に続きます。


(*1) 乳歯(ダンサーの神村恵と美術家の津田道子のユニット)《スクリーン・ベイビー#2》(2020年、トーキョーアーツアンドスペース本郷)

(*2) ダンサー、振付家。神村氏のHPによれば、「2016年より美術家・津田道子とのユニット「乳歯」を始動。(・・・中略・・・)近年は、言葉と動きの関わりに関心を持ち、それらの間で変換を行う仕組みを利用した作品などを制作している。」(http://kamimuramegumi.info/profile/

(*3) 神村氏は、2017年10月に、京都芸術劇場の春秋座(京都造形芸術大学内)で《Trio A》のショーイングを行なっている。(神村氏のエッセイ、​​​​『『Trio A』と「本番」という問題について』を参照。​​http://kamimuramegumi.info/about_trio-a_and_honban/

(*4) 乳歯 《知らせ》(2016年、 森下スタジオ)

(*5) 伊藤家住宅で展示された、津田道子《あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。》(2019)を指す。

(*6) ACCは、国際文化交流活動を通して、異なる文化や人々の間における尊敬や理解を支援する非営利財団のこと。(ACCのHPを参照。https://www.asianculturalcouncil.org/ja/worldwide/tokyo

(*7) ジャドソン記念教会(Judson Memorial Church)のこと。レイナーも参加したダンス集団、ジャドソン・ダンス・シアターの拠点として知られる。(artscapeを参照。https://artscape.jp/artword/index.php/ジャドソン・ダンス・シアター

(*8) 「老いを巡るダンスドラマトゥルギー」は京都造形芸術大学共同研究プロジェクト。また、中島氏は『老いと踊り』(勁草書房、2019)に『老いを巡るダンスドラマトゥルギー』というテキストを寄せている。

(*9) ニューヨーク・タイムズ、2017年6月16日の記事。https://www.nytimes.com/2017/06/16/arts/dance/seven-seconds-of-yvonne-rainer-trio-a.html

(*10) 中島那奈子・外山紀久子編著『老いと踊り』(勁草書房、2019)に収録の『はじめに』というテキストのこと。p.ⅲに《老いぼれバージョン》についての記述がある。 なお、星野氏もレイナーについて『規範と逸脱——老いる身体、はぐれる身体』という文章を執筆している。https://www.kci.or.jp/information/2020/04/fashion_talks11_information_on_fashion_talks_vol11.html

(*11) 経王寺のこと。創建以来400年を越える日蓮宗の寺院。(経王寺のHPを参照。http://www2.plala.or.jp/k-kyouohji/

(*12) 大島は『ソ連の陸上競技』(ベースボールマガジン社、1995年)や『スポーツの本質・その教え』(万有社、1995年)をはじめ数多の訳書を手がけており、スポーツにまつわる様々な理論を国内に紹介している。


後編を読む

Information
2023/6/3-8/13 金沢アートグミ14周年記念展 津田道子 so far, not far
金沢アートグミ14周年を記念し、アーティストの津田道子の個展を開催致します。
津田道子は2年前、コロナ禍のタイミングで金沢に移住しました。移住後始めたランニングをきっかけに、ダンサーとはまた異なるアスリートならではの身体との関わり方や、スポーツという、プレイヤーの裾野が広く誰にでも開かれている文化とアートの共通点を感じるようになったと言います。 
本展では金沢をフィールドに、「走ること」と「声にすること」に着目した新作の映像インスタレーションを展示致します。関連イベントとして、2023年度金沢21世紀美術館芸術交流共催事業 アンド21+に採択されたレクチャー・パフォーマンスとランニングのイベント 「and run」等も行い、展覧会を基点に、スポーツやアート、金沢というまちの捉え方が根底から変わるかもしれない様々な探索に誘います。
2023.6.3 Sat. – 8.13 Sun.
会場 金沢アートグミ|金沢市青草町88番地北國銀行武蔵ヶ辻支店3階
10:00 – 18:00 水曜定休 入場無料

主催 認定NPO法人金沢アートグミ
協力 北國銀行 TARO NASU
助成 澁谷学術文化スポーツ振興財団
機材協力 ARTISTS’ GUILD
Website
Profile
津田道子
(つだ・みちこ)アーティスト。インスタレーション、映像、パフォーマンスなど多様な形態で、鑑賞者の視線と動作によって不可視の存在を示唆する作品を制作。主な個展に、2020年「Trilogue」(TARO NASU)、主な展覧会に、2021年「アジア・パシフィック・トリエンナーレ」(QAGOMA、ブリスベン)、2020年「インター+プレイ展 第1期」(十和田市現代美術)、2019年「あいちトリエンナーレ2019: 情の時代」(伊藤家住宅)、など。2013年東京芸術大学大学院映像研究科で博士号を取得。2019年ACCのグランティとしてニューヨークに滞在。2021年より金沢美術工芸大学准教授。Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞。
(つだ・みちこ)アーティスト。インスタレーション、映像、パフォーマンスなど多様な形態で、鑑賞者の視線と動作によって不可視の存在を示唆する作品を制作。主な個展に、2020年「Trilogue」(TARO NASU)、主な展覧会に、2021年「アジア・パシフィック・トリエンナーレ」(QAGOMA、ブリスベン)、2020年「インター+プレイ展 第1期」(十和田市現代美術)、2019年「あいちトリエンナーレ2019: 情の時代」(伊藤家住宅)、など。2013年東京芸術大学大学院映像研究科で博士号を取得。2019年ACCのグランティとしてニューヨークに滞在。2021年より金沢美術工芸大学准教授。Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞。
Profile
星野太
(ほしの・ふとし)1983年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は美学、表象文化論。おもな著書に、『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)、『美学のプラクティス』(水声社、2021年)、『崇高のリミナリティ』(フィルムアート社、2022年)、『食客論』(講談社、2023年)、おもな訳書に、リオタール『崇高の分析論』(法政大学出版局、2020年)、メイヤスー『有限性の後で』(共訳、人文書院、2016年)、マラブー『真ん中の部屋』(共訳、月曜社、2021年)などがある。
(ほしの・ふとし)1983年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は美学、表象文化論。おもな著書に、『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)、『美学のプラクティス』(水声社、2021年)、『崇高のリミナリティ』(フィルムアート社、2022年)、『食客論』(講談社、2023年)、おもな訳書に、リオタール『崇高の分析論』(法政大学出版局、2020年)、メイヤスー『有限性の後で』(共訳、人文書院、2016年)、マラブー『真ん中の部屋』(共訳、月曜社、2021年)などがある。